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2007年正月より日記の開始 共育学舎代表 三枝孝之の独り言コーナー。 頻度と何時まで続くかは「風の吹くまま」ですのでご了承下さい。 |
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| 日記 〜Iターン百姓のひとり言〜 | 2007年1月〜3月 2007年4月〜6月 2007年10月〜12月 |
| 2007年7月〜9月 | ||
| 9.23 菜の花の種を播く 9.19 舵取りが難しい 9.14 自他のバランス 9.09 細心の注意を 9.08 新米とバイキング 9.06 逆風に帆を張る。 9.03 子供をめぐる環境 8.31 暑い夏の終わり 8.28 稲刈り 8.23 縁とは不思議なもの 8.20 キャンプ第二弾終わる 8.09 キャンプ第一弾 その2 8.07 キャンプ第一弾 その1 7.29 参院選と猪 7.25 予防接種? 722 夏の百姓 7.16 親子パン作り教室 7.14 人生マイウェイ 7.12 台風 7.11 夏休みのキャンプ 7.07 自然と人間社会 7.06 東京は頭狂? |
9.23 菜の花の種を播く |
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9.19 舵取りが難しい |
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| 9.14 自他のバランス 知人の葬儀のため2泊3日で高知に行ってきた。綺麗な顔立ちで旅立っていった。享年80歳。冥福をお祈りする。お陰で普段会えないような懐かしい人にも会った。当然のことながらそれぞれの人生を歩んでいる。何人かから「変わらんね」という言葉が返ってきた。確かに成長はしていない。思えばここ10年間ぐらいは、自分の事よりも、縁のある人に合わせて生きてきた。自分の事が充分に出来ないことも多かった。他人と如何関わるかが自分の課題だったから、意識的に、他を優先してきた部分もあった。要は自他のバランスの問題である。結果として得ることも多かったが反省することも多い。自分の人生で地域社会とこれほど関係を持ちながら生活したことは無かった。お陰で地域社会を通して社会の仕組みや成り立ちや人の心模様も少しは理解できた。一地域の問題の中から人間社会の普遍性も見えてきた。突き詰めていけば人間の意識の問題である。 自らを振り返ってみれば、まだまだ中途半端な欲望に振り回されている。どうでもいいことや、どうしようもないことに一喜一憂する騒がしい生き方しをしている。社会のことや自然のこともある程度理解したうえで、もう一度自分を掘り下げて観る時期が来た様に思う。機は熟してきた感じがする。環境もそれなりに整ってきていることが証明している。後は自分が躊躇しないことである。先輩が背中を押してくれたのかな。良き縁に感謝。 |
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| 9.09 細心の注意を 小麦を蒔く準備のために、久しぶりに耕運機をかけた。昨年は早蒔きにして裏目に出たので、今年はどうしようかと思案中。蒔く時期はともかく準備は早めにと心がけよう。気候が確実に変化しているので今までの経験にプラス工夫が必要。といっても如何すれば良いのか答があるわけではない。気候だけでなく獣害もあるし、減収を前提とした計算になる。こんな時借金が無いのが救いである。これでもしも借金があったらこんな暢気な生き方は出来ない。ローンと呼ぼうとクレジットと呼ぼうと借金とは恐ろしいものである。利息とは何時から誰が取り始めたのだろうか?高利貸しが何時から銀行と呼ばれるようになったのか? 高利貸しを税金で救済する。考えてみれば変な話である。せめて守銭奴にならないように気をつけよう。そのためにも現金をなるべく必要としない栽培方法をするようにしている。これは生き方の問題でもある。農薬代も化学肥料代も掛けないが、燃料費はどうしても必要になる。草を刈るだけでも、ガソリン代はかかる。鎌で刈れば食事代だけだが体がもたない。医者代がかかれば高いものにつく。どっちに転んでもお金という鎖からは逃れることは出来ない。貨幣経済社会に生きるものの宿命でもある。無駄をしないで生きたお金の使い方には細心の注意が必要である。用心用心。 知人がパン窯を作りたいという人がいるので、寸法を取らして欲しいと訪ねてきた。自分の経験から得た細かい事も伝えた。赤土で作れば素人でも出来る。小麦を栽培する人、パン窯を作る人、パンを焼く人。増えたら良いなと思っている。国産小麦で美味しいパンは焼ける。日本では長い間国産小麦では美味しいパンは焼けないという間違った常識を植えつけられてきた。国策もあり小麦の自給率は10%。書店にはパン作りの本はたくさん並んでいる。我が家にも誰かがプレゼントしてくれたパン作りの本がある。たまに見る事があるが、国産小麦を使ったパンの焼き方は可笑しなことを書いてあるのが多い。経験しているから解る事だが、経験が無ければ鵜呑みにしてしまう。その積み重ねで間違ったことが何時の間にか世間の常識になってしまう。こんなことは多くある。自分が経験し確かめる。大事なことである。 10日間瞑想の会に参加してきた知人が、瞑想のことを聞きたいと来た。自分にとって良いと思うならば実践したらと答えた。自分のことは自分で確かめるしかない。最近研修会とかセミナーとかに参加した人が話しに来ることも多い。世間では「スピコン」が流行っていると新聞記事を見たことがある。自分に自信をもてない人たちが軽い気持ちで集まるようだ。自分の気持ちさえお金で解決しようとしている人もいれば、お金儲けに利用しようとする人もいるようだ。10日間で60万円のセミナーに参加した知人が、人生が変わったと話に来たことがある。否定することも無いが、肯定する気にもならない。若いときには色々と経験するのも良いだろうと思う。自分で確かめることが大事なことだと思うよ,とだけは付け加えるようにしている。自分で考え模索するよりも、他人の教えが正しいことだと思ってしまうようだ。これも自分で考えることをさせない学校教育の成果なのか?。 |
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9.08 新米とバイキング |
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9.06 逆風に帆を張る。 |
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9.03 子供をめぐる環境 |
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| 8.31 暑い夏の終わり 暑い8月も終わった。1週間以上滞在した子供や若者は50名を超えた。一寸疲れた。田舎でもやり方によっては若者が集まってくることは、自分の中で証明できた。意識の高い若者ばかりだったので話をしていても楽しかった。若者を受け入れ育てる現実的な仕組みが出来れば、田舎も若者が増えて日本の将来にも希望が持てるようになる。問題は現実的な受け皿つくりである。個人的には限界がある。限界があるが限界を自覚してその範囲でしか出来ない。行政に働きかける試みもしてはみたが、温度差はどうすることも出来ない。批判をしたところで何も生まれないし何も変わらない。自分の力の及ぶ範囲で工夫するしかない。今までは吹く風に任せて流されてきたが、これからは帆を少しづつ張り始めることにする。今まではその準備期間でもあった。忙しく疲れもしたが手ごたえはあった。いい若者との出会いもあった。これからは帆を張り始めるので自分の力量が試される。安全第一に考えるが、自分が60年間生きてきたことが日々問われることになる。 |
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| 8.28 稲刈り 稲刈りも終わった。今年は充分な手入れも出来なかったし、田植え後の気温も低かったこともあり作柄は豊作とは言えないが、それ相当の収穫量があった。感謝。 手伝いの大学生にもいい経験になったと思う。今年の夏は未だに一息つけない状態が続いている。今夜も総勢8名の夕食。明日も10数名になる予定。 来客者は何を思い帰って行くのだろうか、、、、。自然のこと、農業のこと、環境のこと、自分のこと、、、。人と人とが出会い何かが芽生えていくのだろう。願わくばいい縁が芽生えて欲しいものである。 春休みにもキャンプをしますかと問い合わせがあった。未定ですと答えた。20名を超える集団生活も個性が輝きだし確かに面白い。特に子供たちの個性が日々むき出しになる変化が面白い。日常生活では、自分をこんなにむき出しにすることは無いだろう。あったとしても少ないチャンスだと思う。子供たちは感情をむき出しにして、ぶつかり合うと益々元気になってくる。もっともっとエネルギーを発散できる場を提供したいと思うが、今のやり方だとこちらの体がもたない。これからは一寸やり方を工夫する必要がある。今後の課題である。 |
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| 8.23 縁とは不思議なもの キャンプの準備から片付けまで苦労掛けたので家内は2泊3日の休暇旅行に出かけている。自分は学生と2人で留守番。久しぶりに静かな生活。今月に入って畑仕事も出来なかったので草刈りに汗を流す。余計なことを考えず汗を流すのは気分がいい。温泉の後で飲むビールが美味い。キャンプに参加した20名を超える小学生と40名を超える大学生は、今何を思い生活をしているだろうか。この中の何人と再会できるだろうか。縁とは不思議なものである。縁に随って生きるだけのことである。 |
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| 8.20 キャンプ第二弾終わる。 3歳から60歳まで総勢20数名の8日間のキャンプも終わった。一人体調を崩し帰宅した子もいたが、最後には再度元気な顔を見せてくれた。子供同士の小競り合いはあったがケガや事故は無く終わった。安全管理には一番気を使うので何はともあれ良かった。今回も自分にとっても色々なことを教えられた時間でもあった。最も思ったことは、人間は親を選ぶことも、子を選ぶことも出来ない。正に与えられた条件の中でしか親子は生きることが出来ない。子供は育つ環境を選ぶことは出来ない。与えられた環境の中で成長をしていく。幼児期に親や大人の影響を強く受け人格や能力がある程度決まってしまう。自我が目覚め自分で環境を選べるようになっても、幼児期に受けた影響からは逃れることは出来ない。 自分もこの年になってもその影響からは逃れることは出来ない。それだけに大人の責任として、子供たちに少しでもいい環境を提供する責任の重さを思った。親だけで子供を育てることには限界がある。周りの人たちが子供の成長を手助けすることが大事なことだと思う。微力ではあるが出来る限りのことはしていきたいと思う。余計なお世話を承知の上で、、、、。 |
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8.09 キャンプ第一弾 その2 |
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| 8.07 キャンプ第一弾 その1 1日から小学生10名、大学生10名、飛び入り少々のキャンプも残り1日となった。主体は大学生で自分は裏方。学生から相談があれば聞く程度にしている。一人一人の個性が面白い。何となく家庭環境が想像できる。全体的な印象としては「甘え足りていない」子供が多いように感じる。物質的には充分満たされているだろうが、肝心な心の中に満たされていない部分があるように見える。そこの部分を大学生が献身的に埋めようと努力している姿は健気である。このキャンプに参加している大学生は良いお父さんお母さんになるだろうし、なってもらいたいと思う。教職を希望している大学生も半数いるが、この経験を活かし良い先生になってもらいたいものである。家庭も学校も社会もどこかピントが狂っている中で、若者が経験と知識を重ねながら軌道修正できる力を身につけて欲しいと願っている。 12日からは第2弾がスタートする。こちらも総勢20名は超えるキャンプになりそうである。 |
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7.29 参院選と猪 参議院選挙は自民の惨敗のようだ。どちらに転んでも期待が出来ないような気持ちになる。政治家のレベルは我々国民のレベルだとすれば、一寸情けないような気になる。期待を込めないで1票は投じた。 近所の田んぼに猪が入った。これから毎晩のように入るだろう。隣の集落では猿の為西瓜も南瓜も全滅だという。山間地に住むものにとっては選挙結果より深刻な問題である。個人レベルでは電気柵をする程度のことしか出来ない。集落で協力して対策をするのには高齢化が進みすぎた。ワシはもう止めるから今更お金も労力もと言う結論になる。とは言いながら自分の田んぼにはしっかり対策をする。そんなことの繰り返しである。これでは猪や猿の思うつぼである。人間の考えることはこの程度のことなのか、、、、、。 |
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7.25 予防接種? |
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722 夏の百姓 |
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| 7.16 親子パン作り教室 我が家のたんぼも穂が出始めた。先ず最初に虫達が食べ、鳥達が食べ、猪が食べ、最後に残ったものを人間が食べる。万物の霊長と人間は勝手に思いこんでいるが、考えてみれば一番愚かな生きものなのかもしれない。 9家族30人のパン作り教室。若いお母さんと子供たち。パン作り経験者もいたが、土窯で焼くのは初めての人ばかりだった。新しい発見もあり美味しいと皆喜んでくれた。特に子供たちは一日中元気に遊びまわっていた。木造校舎も子供たちの歓声に満足な一日だったと思う。 地元の若いお母さん達に、地元で生産した小麦で美味しいパンが出来ることを体験してもらった。こんなことをキッカケに食べ物が子供の成長に大きな影響があることを考えてもらいたいものである。これだけ食料の自給率が下がってしまった原因の一つに生産者の怠慢もあると思う。生産者が消費者に正確な情報を提供することが大事である。微力ながら消費者の健康維持のためにも良い物を生産加工していきたいと思っている。 |
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| 7.14 人生マイウェイ 雨が降り続いている。台風の接近を理由に、本日と明日はパン屋を休業にした。久しぶりにのんびりした週末である。喫茶室で昼間からパソコンを打っている。今日は誰も来ないだろうと思いきや、携帯がなり2時半ごろ3人が来るという。パンは無いと説明したが校舎を見たいという。ならばどうぞということになった。今私の管理している木造校舎は、原型を留めながら少しだけ改装している。例えば教室の壁に合板を張ってあったので、その上から無垢の板を張ったりした。木造校舎に合板は似合わない。昭和50年代に世間の流行に合わせて合板を張ったのだと思う。木造校舎そのものが文化財だと考え、次の世代に残したいと思っている。 隣町の木造校舎は1億数千万円かけ改装し、来年の春から宿泊施設とし営業を始めるという。詳しい内容は知らないが地域活性化の拠点にという考えのようである。行政も箱物には助成金が出しやすいのか気前のいい話である。 自分が管理している限り、この木造校舎は余計な改装はしないつもりでいる。形はこのままでいいから、これからの課題は如何にして、学び舎として中味を作り上げていくかである。如何にして命を吹き込むか。学校とは時代が変わっても学ぶ場であることには変わりが無い。学ぶ内容は様々である。お金を掛ければ掛けた分だけ制約もついてくる。その時には良いものが出来たと喜ぶが、後で維持管理に苦労をする羽目になる。行政からの補助金だろうと出資組合を作ろうと同じことである。自分は後々制約のついてくるようなお金の使い方はしないつもりでいる。何時も自分の責任の範囲で自己決定できるようにしておくつもりである。分をわきまえて決して背伸びはしない。借金はしない。自由な学び舎を維持するためには譲れないところである。お金のために自分の意思を曲げたくない。自分の人生観であり意地でもある。 少しづつではあるが、実績を積み重ねてきた。単発の企画から始まり、今は何時でも誰でも受け入れるように準備もし、それなりに人も集まり始めている。夏休みにはそれぞれタイプの違う3つのキャンプを実行する。7泊8日 11泊12日 6泊7日。それ以外に個人的に何人かが滞在する。どんなことになるのか楽しみである。 自分の中には共育学舎のイメージは出来ている。少しづつではあるが近づけるようにしている。夏休みのキャンプを踏まえて秋ぐらいからもう一歩前進させたいと思っている。自分の人生の集大成でもある。こんなことを考え実行できることはありがたいことだと思う。多くの人たちの協力の賜物である。 今年定年を迎える同級生達はどんな気持ちだろうか。会って見たいとも思うが会ったところで話にならないだろう。動物園の猿と野生の猿では、同じ猿には違いが無いが、お互いに会わない方が身のためだろう。野生の猿は野生のまま生涯を終われたら幸せだと思う。退職金も年金も当てにしない。だからこそ日々真剣に生きられる。ある人から見れば無いものの僻みに聞こえるだろう。若い頃から定職に付かない自分の生き方は「豊かな青春、惨めな老後」とよく批判され、蔑まされたものである。60年間何を思い、どう生きてきたのか答えがでる時期を迎えた。人生50代より60代。60代より70代と心意気だけはある。人間煙になった後で評価が決まるだろう。生きているうちは馬鹿だチョンだで充分である。自分の生きたい様に生きるだけのことである。 |
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| 7.12 台風 台風が直撃しそうである。数日前から雨が多いので雨台風だと被害が出そうである。今年は台風の当たり年かな? 今日は午前来客があり、午後は雨のため農作業は休業。昼寝を決め込む。雑草は日々逞しく成長している。今年の稲刈りは例年より遅くなりそうな感じである。早いときには盆前に収穫した年もあったが今年は9月にずれ込む可能性もある。肥料が少し足りない感じもするが天気との相談である。近所の田んぼでは穂が出始めた。気候の変化が益々激しくなっていくだろうから、これからの百姓は今までとは違った智恵が必要になってくる。獣害も多くなるだろう。山間地の農業は後継者がいない事もあり風前の灯火である。消える前に何とかしたいとは思うが個人で出来ることなど限りがある。絶望をしないで自分に出来ることを積み重ねていくことしか出来ない。 先日ある団体の機関紙に投稿を頼まれたので拙文を書いて送った。ある人から、説教臭いねとの感想を頂いた。自然を意識して生きている身で、世間のニュースを聞くと、説教の一つも言いたい心境になる。そんな日頃の思いが表れたのだろう。参議院の選挙が始まった。投票前だけ頭を下げてくる。当選したら知らん顔。どんな選挙も同じである。政治家のレベルの低さは自分のレベルなのか。何とかならないものなのか。政治家に説教の一つもしたいと思うが、かえるの面に何とかか、、、。 |
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| 7.11 夏休みのキャンプ 台風が上陸しそうである。百姓は何時も自然を意識しながらの生活である。どうにもならないことと、どうにかなることをしっかり見極めていないと、辛い生き方になってしまう。頭を整理しておかないと押しつぶされてしまう。 当分は草刈りと草取りに追われる。その合間に夏休みのキャンプの準備やら、パン屋の営業がある。 今年の夏休みには3回のキャンプの企画が同時進行で進んでいる。何れも大学生を主体とした企画である。第一弾は関西圏、第二弾は関東圏、第三弾は地元和歌山の大学生が中心。動機や形は何でも良いから、若者や子供たちに自然を意識し、体験してもらいたいと思い進めている。どんな若者や子供たちが顔を見せてくれるのか楽しみである。 |
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| 7.07 自然と人間社会 5日間畑を留守にしたら、あっという間に草ぼうぼうである。当たり前のことだが自然は一瞬たりとも休むことが無い。だからこそ自分が東京に行っている間にも、稲も野菜も草も成長する。人工的な物作りだと、自分が休んだら生産はストップしてしまう。自然の力を借りる農業は自分が働かなくても作物は生長する。百姓の醍醐味でもあり面白さでもある。 東京では何回か外食をした。食べ物がどんどん脆弱になっているように感じる。生命力の無い見せ掛けだけの食事のように感じた。場所代や見せ掛けの設備にお金がかかるから、肝心の食材に使えるお金は少ないのは容易に理解できる。水も不自然な臭いと味がする。空気も同じであり、建物は圧迫感を感じる。効率化と便利さを求め、快適さと、豊かさを求めた結果である。どこか可笑しいと感じるのは自分ひとりではないだろう。最近今までの常識では考えられないような事件や事故が多いIが、都会の生活環境を改めて観察してみれば納得できるような感じになってしまう。この環境の中で成長したら、欲望をコントロールする冷静な理性など育つ余地は無いだろう。欲望自体には何の問題も無いが、短絡的な快楽を求める欲望だけが刺激され巨大化している。 自分もその社会の一員であり同じ穴の狢である。他人を責め、社会を責める事は出来ない。自分の問題として受け止め生きていく。 |
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| 7.06 東京は頭狂? 7月2日からの 3泊4日の東京滞在で感じたこと。東京は狂っているなぁ。欲望に振り回され、金儲けに目が眩んでいる。一盲衆盲を引くが如し。お金を儲ける為ならば何でもする。何でも利用する。これが東京の常識らしい。もっともらしく演出はしてあるが本性は丸見えである。東京で生活をしていたらそのことが当たり前であり、何の疑問も湧かないようだ。自分のように自然の中で生活をしている視点で見ると違和感を強く感じる。自然がベースにあり、人間の生活はそのほんの一部であり、小さな存在であることを実感しながら生きている。都会で人工物の中で、欲望を刺激する情報と仕掛けの中で生活していると、人間の社会が全てのような錯覚に陥るようだ。欲望を実現させることが生きる目的になってしまうのだろう。今、自然の中で農業を基本としながら生活できることに納得が出来るし、自分の人生これで良かったのだと安心できる。 今回も東京で多くの若者との出会いがあった。志を持っている若者もいた。志をまっとう出来るように願っている。東京という欲望の密林の中で、そんな若者達に会えたことが救いである。一筋の光を大事に育てていきたいものである。 |
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| NPO共育学舎 代表 三枝 孝之 〒647-1221 和歌山県新宮市熊野川町西敷屋450 TEL/FAX 0735−47−2160 E-mail:saigusa@zb.ztv.ne.jp |