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2006年正月より日記の開始 共育学舎代表 三枝孝之の独り言コーナー。 頻度と何時まで続くかは「風の吹くまま」ですのでご了承下さい。 |
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| 日記 〜Iターン百姓のひとり言〜 | ★ 1月〜3月の活動日記 ★ 7月〜9月の活動日記 ★ 10月〜12月の活動日記 |
| 2006年4〜6月 | ||
| 6.30 パン屋のデビュー 6.29 無題 6.27 若いときには 6.25 人を育てること 6.24 キャンプの打ち合わせ 6.23 道中の楽しみ 6.21 若者 6.20 カヌーは楽しい 6.19 菜の花の収穫終わる 6.18 草取り 6.17 生きている6.15 怒り 6.14 反省 6.13 労と功 6.12 畦豆 6.10 昔の道具と若者 6.08 傷だらけの人生・地域格差 6.07 疲れ6.06 悲喜こもごも 6.05 麦の早刈り蔵が建つ? 6.04 馬鹿は死んでも治らない 6.01 黙って見守る 5.31 アメリカのオタク青年 5.29 遊休農地問題 5.28 トリ 5.27 退職後に何をするか 5.26 「天照大神」 5.25 夢 5.21 ナタネの刈り取り 5.20 頭の痛い話 5.19 筋金と針金 5.17 不安と期待の日 5.16 オッサンの祈り 5.14 田の草取り 5.13 百姓に必要なもの 5.12 雨 5.10 図書館に思う 5.09 奇特な農機具屋さん 5.08 補植と米作り 5.05 田植え 5.02 追悼会 5.01 おっさんの意地 4.30 プロの技・若者の挑戦 4.28 廃校によみがえる子供達の声 4.25 生姜 4.22 若いカップル 4.19 小麦の生産 4.18 ものは使いよう 4.16 田植えが始まる 4.14 誕生日プレゼン 4.12 ファンド 4.10 学成難し 4 07 猿の天下? 4.04 自然の流れ 4.03 久しぶりの畑仕事 4.01 ボランティアキャンプ終わる。 |
6.30 パン屋のデビュー 明日は和歌山大学の夏祭り。若者のパン屋としてのデビューの日でもある。3人で一生懸命に焼いていた。黙って見ていたが、若者好みの菓子パンを焼いていた。味見をしたが、美味しかった。これならば一般受けはするだろう。最初は自分達が食べて美味しい、自分達が食べたいパンを焼いたらいい。全粒粉の重く、硬いパンは、こだわりのある人には受ける。このてのパンは家内が焼き、若者は一般向けのパンを焼いたらバランスが取れるし、自分達も楽しいだろうと思う。一筋の光が差し込んだ。 明日は地元で一番人気のパン屋さんが泊り込みで指導に来てくれる。本当にありがたいことである。 地域で若者を育てる。今までの日本社会では当たり前のことであった。当たり前の事が当たり前に出来る社会が成熟した社会だと思う。今の日本は、未熟な社会である。せめて自分の周りでは当たり前の事ができる環境を創り若者の成長を手助けしたいと思っている。 自分は教育者でもないし、宗教家でもない。教育者には教科書が、宗教家には教義がある。自分には余計な枠はない。一人の人間として自分を丸出しにして接している。 |
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| 629 無題 和歌山市内に用事があり、県庁にも顔を出し、夕方は知人と食事をし帰路に着いた。車で3時間半。一寸応える。 |
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6.27 若いときには |
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| 6.25 人を育てること 午前中、学生とキャンプの打ち合わせの続きをした。若者が自分達で企画し実行しようと、真剣に取り組んでいる姿に感心した。現場で出来るかぎりの協力をすると約束した。彼らのためにも子供達のためにも無事目的が遂行できるように願っている。 どんなことでも真剣に取り組んでいる姿勢には好感が持てる。そんな若者と交流の出来ることは幸せなことだと感謝。どんな動機でも良いから若者が田舎に目を向け、足を踏み込んでくれたら良い。その為の手助けが出来ることは、自分としても嬉しいことである。将来を背負うのは若者であり子供達である。彼らのために少しでも役立つことが出来ればと思う。 今の日本社会は「人を育てる」ことを放棄し始めている。ただ利用することを優先している。例えば会社は利益を生むための労働力として、若者を使い捨てにしている。人材派遣会社を通しての採用が増えている。非正社員の数が増えている。一部の正社員の為に、多くの若者が使い捨てにされている。この傾向は今後益々増えていくだろう。家庭でも、学校でも、地域でも社会でも同じような傾向に流されている。最近の事件が実態を象徴している。難しい問題だが向き合って生きて行きたいと思っている。 |
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6.24 キャンプの打ち合わせ |
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| 6.23 道中の楽しみ 我が家には大学を休学し、田舎での生活に挑戦しようという若者が3人出入りしている。お互いの気持ちを確認しながら先ず、パン屋を開業しようと計画し準備している。自分のペースならば話は早いが、彼らのペースに合わせている。彼らの気持ちを整理し、確認しながら進めている。と同時に自分の気持ちも絶えず確認整理するように務めている。自分などは思ったらすぐ行動しないと気がすまない。彼らはすぐに行動に移さない。何故か?自分などは失敗してもやり直せば良いさと考える。自己中心であり短絡的な考え方ともいえる。若いからと、勝手に甘えてきた部分もある。他人の評価も気になったが、それ以上に自分の気持ちの方を優先してきた。それに比べれば彼らの行動パターンは慎重である。 先日ある国立大学の教員と話す機会があった。国立大学に進学する学生は、進学校の出身者ばかりである。周りに多様な価値観をもった友達もいないので、失敗を恐れている傾向があると話していた。勿論一人ひとりの個性はある。人間は知識と経験、人との出会いにより変化していく。縁により成ったり、壊れたりする。願わくば彼らにとって良い縁が結ばれるように祈っている。結果でなく過程を大事にしたいと思っている。何故ならば道中に楽しみがあるからである。 |
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6.21 若者 |
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6.20 カヌーは楽しい |
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| 6.19 菜の花の収穫終わる。 ナタネの最終脱穀をした。今年の収穫量は約100kg。これから1年間は美味しい油が食べられる。美味しいものは先ず自分達が頂く。注文もあるが換金するのは気が進まない。例え全部換金したとしても10万円は超えない。現金よりも自己満足を優先させた方が来年も収穫しようと意欲が出る。美味しい油を食べたい人は栽培したら良い。種ならば喜んでプレゼントする。今までも何人からも問い合わせもあり、種を渡したが収穫をしたので油を搾りたいと言って来た人は少ない。栽培するよりも買う方が楽だし安い。今の世の中は安易な方向に流れている。 今年もこれで小麦とナタネの収穫作業も一段落した。一休みしたいところだが次々に色んな用事が入ってくる。明日は今年初めてカヌーを漕ぐ。ある役所の頼まれ仕事絡み。昨年は正月から漕いだが、今年は寒いこともあって漕ぐ機会がなかった。これからはシーズンなので楽しもう。 |
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6.18 草取り |
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| 6.17 生きている 合併後初めて国民健康保険の納付書が来た。だまって2倍を超えていた。だまって払うしかない。国民の生命財産を守る、と言う空念仏がむなしく響く。納税の義務が重くのしかかってくる。多くの国民には義務はあっても権利などは無い様である。確かに改革は進んでいる。国民の多くにとっては住みにくい方向に。一部の人たちにとっては都合の良い社会に。自然条件も社会条件も厳しい中で自分の意志を貫いて生きていくには、強かな智慧が必要である。しっかりと自分の目標を定め、日々脚元を確認しながら生きることが大事である。気負わず、流されず。逆風に帆を張る勇気は持ち続けて生きたいと思っている。 今生きている。確かに生きている。黙って目を閉じれば何の問題もない。黙って静かに呼吸をしていれば心も落ち着いている。キーボードを叩きながら自分の世界に浸れば静かに時間が流れていく。思いを自分の中に留めておけば何ら問題はないが、思いを外に向かってめぐらせば様々な問題が出てくる。考えてもできないことは出来ない。自分の出来る範囲のことをするしかないと心を捕まえておく。。百姓は寝ないで働いても、これで良いということは無い。適当に線引きをし怠けている。筋金には程遠い針金百姓である。パンの試し焼きをした。大学生2人が一緒に参加した。 |
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| 6.15 怒り 夜、行政関係の会議に参加した。このての会議には参加したくないと思いながら、頼まれると断りきれずに参加してしまう。最初話に来るのは若い担当者なのでむげにも断りにくい。情に流されやすい。亡くなったおふくろは激しい怒りと情の深い人だった。怒り狂うと手が付けられなかったが、情の深さが怒りをカバーし憎みきれないものだった。最近時々おふくろの姿と自分がダブって見える。怒っているときの形相はけっして人の心を慰めない。傷つけるだけである。 会議に参加して怒りがこみ上げて来た。若い担当者を個人的に責める気持ちはないが、バックにある妖怪のやり方に怒りがこみ上げてくる。行政が新しい事業を始めるとき、外部の企画会社なりコンサルタント会社に運営を丸投げする。そこではかなりの予算が動く。そこである程度骨組みを決めてから地元住民に声がかかる。地域のための事業だから住民は、手弁当で協力をと言う。 今回の会議もその典型だった。会社の社員か何か知らないが地元のことも知らないで、他の地域の成功事例などを説明する。次には「学識経験者」の先生を呼んで講演をするという。そんなやり方は止めてくれとはっきり言った。予算は外部に吸い取られ、地元に人材が育たない。地域は疲弊していくだけである。これで地域のための事業だと言われても納得が出来ない。帰ってからのビールが苦かった。 |
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| 6.14 反省 今年の作物は全体的に出来が悪い。日照時間が少ないのだからどうしょうもない。「杞憂」してもどうにもならない。どんな条件の中でもベストを尽くす。自然条件が悪いときこそ経験と技術がものを言う。近所の人の米作りを見ていると、肥料会社か農協の作った、マニュアル通りに肥料を施し農薬を散布している。自然の中で働く農業者までがマニュアル化されている。マニュアルがあれば確かに楽である。自分であれこれ考え悩まなくても良い。専業農家にとっても兼業農家にも便利な存在であると思う。 近所の人と話しても肥料と農薬の名前が出てくるだけである。自分は化学肥料も農薬も一切使用しないで栽培している。米作りに関しては水加減だけを管理している。小麦に関しては鍬の入れ具合だけで管理している。後はお天とうさん任せである。小麦に関しては近所に比較できる対象が無いが、米に関してはまわりとの比較が出来る。化学肥料を施してある稲は色が濃い。濃さが自然の濃さではない。不自然な印象を受ける。それは自分の栽培している稲と比較して感じることだから、主観的な要素が多分にはいっている。こんなに日照時間が少ないときには田んぼを冷やさないように気を遣う。8月末には結果が解る。 百姓は結果に一喜一憂していたのでは身が持たない。淡々と生きようと思っているが、つい感情的になることも多い。まだ捨て切れていないものを後生大事に抱えている。馬鹿だなとつくづく思う。先日もあるところで,おばさんに「口を慎みなさいよ」と、天に向かって唾をするような真似をしてしまった。よく言ってくれたと喜んだ人もいたが、後味の悪さが残った。反省。 |
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| 6.13 労と功 稲も良い感じに成長している。と言うことは他の草も元気に大きくなっていると言う事。人間に都合に良いものだけが成長するわけではない。命あるものは皆等しく恩恵を受けている。除草剤を使って都合の悪いものを殺すのか、他の草を取って肥やしに生かすのか。ここが思案の為所である。草取りの手間を惜しめば除草剤を使う。除草剤を使えばお金がかかる。草取りの手間は省けるが、現金を得るための手間がかかる。何れにしても生きることは手間の掛かることである。労を少なく功を求めると他を殺す方向に流れる。労と功の質の問題であり、程度問題である。なるべく手間を惜しまず、生命を無駄にしないような心構えで田の草を取っている。 |
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| 6.12 畦豆 田んぼの畦に大豆を植えてみた。大豆のことを畦豆とも言うように、昔は畦によく植えたそうだ。そんな話を聞いていたので試しに植えてみた。出来ることならば大豆も自給したいと考え、今までも何回も試してみた。無農薬だとまだ乳状の時に虫に吸われ、あまり収穫できなかった。知人から貰ったスィートコーンも植えてみた。多分狸か狐の餌になると思う。彼らはよくしたもので、明日収穫しようと思い畑に行くと前の晩に、見事に食べられていることもあった。 稲も良い感じになってきてはいるが、気温が低いのでどうなることか。小麦は400kgには一寸足りなかった。反収で150kg程度。例年の半分。日照時間が例年の40%だから小麦も正直である。将来太陽の光と水が不足し食料の生産は減少する可能性がある。日本の場合は人為的な事情で農地を放棄し続けている。無責任で無知な国家である。嘆いても批判しても仕方がない。明日も田んぼの草取りをしよう。 |
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| 6.10 昔の道具と若者 若者2人と田んぼの草取りをした。今は使用していない古い農機具を何点か集めてある。その中に田の草取りの道具も何種類もある。その中で良さそうな物を試しに使ってみたが中々の優れもの。軽いし何よりも稲の根元の草が取れる。何処の誰が何時ごろ考え出したのか知らないが先人の智慧が偲ばれる。百姓にとって除草剤などない時代には、草取りは大変な労働であった。どうすれば効率よく出来るのか、工夫に工夫を重ねたことだと思う。よく道具が仕事をするというが、綺麗に取れるので草取りが楽しくなった。汗を流した後の風呂上りのビールが美味い。 若者と今後の方針について話し合う。来週までに彼らが企画書として整理し纏めてくることになった。形が出来るまでには、まだまだ時間も手間も掛かる。何回も話し合いをする過程で、彼らの考えも整理され、自分達が何をしたいのかが明確になってくる。私は相談には応じるが指示はしない。それをしたのでは学校や会社と同じことになってしまう。若者が自らが考えて行動する。その時間と場所を提供し、現場でサポートするのが私の役割だと考えている。 失敗も成功もない。自分のことを自分で考え、悩んだり、焦ったりしたらいい。泣かされたり、笑われたり、叱られたりしながら成長したら良い。慌てて働くことはない。若いときは遠慮しないで他人の世話になったら良い。自分はこの年になってもお世話になりっぱなしだなぁ。 |
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6.08 傷だらけの人生・地域格差 |
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| 6.07 疲れ 今日1日どこか歯車が狂っていたようだ。物事がうらめ裏目に出た。こんな日もある。残り1割の小麦を畑に残したままになった。他人との約束に振り回された。誰が悪いわけでもない。これでナタネと小麦の畑での収穫作業は終わった。これから選別作業に入る。収穫後も一仕事である。稲も暫く天気が続いたので良い感じになってきたが、草も茂り始めている。農薬、化学肥料、除草剤を使わないことは、多くの労力を必要とする。この現実を何人の消費者が理解できているだろうか。 知人から話たいことがあると、夕食を誘われ外食をする。疲れる話だった。明日は休みにしよう。 |
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| 6.06 悲喜こもごも 朝から小麦の収穫作業。後1時間で全て終わりと思ったとたんにハーベスターが故障した。急遽知人の機械を借りてきたがこれも上手く動かない。結局約1割が残った。機械には助けてももらうが、泣かされる事もある。他人が不要になった機械ばかりを使っているので仕方がないと思っている。最後の脱穀は足踏み脱穀機でしようと決めたら気が楽になった。機械なら30分程度で終わるが足踏みだと半日か1日はかかるだろう。何回も経験はしているのでコツは解っている。現代の百姓は機械を使いこなす知識と技術も必要である。 身の回りに小麦を栽培している仲間が何人かいる。規模はそれぞれであるが、初めて100kgを超え,パン食べ放題と喜んでいる人、大豊作だとはしゃいでいる人、史上最低だと落ち込んでいる人、悲喜こもごもである。ひと段落したら麦談義でもしようかと話している。 |
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6.05 麦の早刈り蔵が建つ? |
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6.04 馬鹿は死んでも治らない |
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| 6.01 黙って見守る 早めの昼食を済ませアメリカ人青年が無事に旅立った。私が見るかぎり、かなり屈折した感情を内に秘めていた。朝は声をかけなければ、何時までも寝ていた。アメリカ社会のことは良く理解できないが、彼の生活態度では社会には適応できないだろう。今の社会は便利でもあり安易でもある。何の覚悟も備えも無くても、少しのお金があれば、外国にも簡単に行ける。以前イラクで日本人青年が首を切られる事件があったがその事を思い出した。日本人青年も事前の準備も無く、状況判断も無く、自分の感情だけで行動した結果だろうと思う。アメリカ青年も他人の感情も事情も全く眼中に無く、理解しようともしないで、自分の感情だけを優先させていた。 2日目の夕方に、自分だけ断りも無く冷蔵庫からビールを出し飲んでいた。この態度に全てが集約されているように感じた。我が家には日本の若者も来る。私の態度に周りの人からはもっと厳しくしたらいいのにと批判されることがある。確かに注意したりすることは殆どない。何故ならば人間は自分で気が付いてなんぼ、だと思っている。自分で気が付いたら同じ事は2度としないように気をつける。他人から言われたことはその場かぎりで終わることが多い。成長するのには時間が必要である。手塩にかけなければ成長しない。言葉で成長するならば聖人君子の世の中になっているだろう。注意をする人も必要だが、黙って観ている人も必要である。出来るかぎり黙って見ていようと思う。勿論程度問題であるが、、、、、、。 |
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| 5.31 アメリカのオタク青年 ナタネの2回目の脱穀を畑でした。何とか50kgはあるだろうか。これで100kgは超えるめどが立った。まだ残りが畑にあるが出来れば今週中に片付けたいものである。収穫作業をしながら、これだけ手塩にかけ育て収穫したものを安易に換金したくないと強く思った。 17日から滞在していたアメリカの若者が明日東京に出発することになった。飛行機の予約を延長できれば滞在も延長したかったようだが出来なかった。彼は今まで我が家に来た外国人の中では異質だった。目の前に起きている現実のことにも、目の前にいる私たちの事にも全く関心を示さなかった。最初はちょっと心配もしたが、彼の様子を見ながら考え対処した。 彼には1日3回の食事の時間だけを決め、それ以外の時間は彼の自由にした。仕事も彼だけで出来ることを用意し、彼のペースに全て任せた。休日も顔色を見ながら疲れが溜まらない様に早めに取るようにした。 食事と寝る場所があり、自分のペースで出来ることがあり、自由な時間がある。誰からも余計な干渉をされない。しかもお金の心配は要らない。彼にとっては居心地のいい半月だったと思う。最初に会ったときから比べれば帰るときの表情は明るくなった。自分もそんな場所を求めて旅をしたことがあるが、現実にそんな場所は無かった。彼が何を思い感じたのかは知る由も無いが、私にとってはいい経験だった。家内はちょっと大変だったようである。私は黙って座っていればいいが、毎日のように色々な来客があり、宿泊している人の世話をするのは彼女の勤めである。我が家に来た人は皆彼女に同情し味方をする。私は批判の対象である。特に未婚の女性からは、激しい批判を受けることが多いが笑って流すようにしている。 |
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| 5.29 遊休農地問題 昼食の後一服をしていたら、珍しいことにある市会議員が訪ねてきた。用件は遊休農地の件で、,ある人に会ってくれと言うことだった。断る理由もないので承知した。後日改めて時間調整をすることになった。 畑で残りのナタネの刈り取りをしていたらある役所の人が小麦畑の写真を取りに来た。ちょっと立ち話をしたが新宮管内で小麦を生産しているのは私だけだと話していた。議員にも小麦を奨励作物に指定したらどうかと話した。農地は地域の公共的な財産として取り組まなければ保全できないし、消費者の協力なしには出来ないとも話した。個人のレベルでなんとかなる次元を超えている。このまま無策を決め込んだのでは、山間地の地域も農地も消滅していくだろう。今は目先の生活に誰も困っていないので危機感がない。誰もの中に自分も入っている。危機感の無いものは仕方がない。自分には出来ることはたかが知れている。晴れたら汗が身に沁みる。 |
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| 5.28 トリ 畑に行ってパンパンと手を叩くと、足元から山鳩と小鳥が5,6羽飛び立つ。その羽音に反応して5、6羽飛び立つ。その連鎖で全部で何羽飛び立つだろうか。100羽は超えるだろう。毎日何羽の鳥が小麦とナタネを食べるだろうか。自分もこれだけの命を養っているのか、とそこまでで考えを留めている。それ以上あれこれ考え出したら自分の心も行動も極端になってくる。自分の本性は批判と怒りが支配している。それが自分でよく理解できるから、火に油を注ぐようなことはしない。笑ってその日の仕事につく。 こんな気持ちになれるのも人から情けを受け続けて来たからである。「魚は瀬に住み人は情けの元に済む。」と言うがその通りだと思う。鳥には笑って済ませるが家内に時々怒るなぁ。家内が酉年だったら良かったのに。そんな問題ではないか。 |
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| 5.27 退職後に何をするか 今日も雨。屋根の下のナタネの脱穀をする。まだ完全に乾燥していないので軽く叩いて落ちた実だけを集めた。約20kgあった。この調子だと150kgは難しいかな。 我が家では新聞は取っていないが近所の人が時々古新聞を届けてくれる。今日も何気なく全国紙の新聞を広げたら団塊の世代の記事があった。退職したあと何をしたらいいのか解らない人が多いので、受け皿のNPOを全国に網羅し、地域のために今までの知識と経験を生かすようにすると言う内容だった。代表には元県知事の名前があった。 私はこのての記事を読むと同じ世代として、誰が誰のために何の目的でしているのか不思議な気持ちになる。19や二十歳の若者に人生とはなぁと話しかけるならば理解も出来る。人生60年生きてきた人に今更何を言っているんだと思う。それとも現実は60歳になって何をしていいのか解らない人が多いと言うことだろうか。自分のことも自分で決められない60歳が、これから毎年何百万人も増え続けると言うことなのか?。そんなことはあるまい。そう思いたい。それとも定年まで勤めると言うことは、魂までも骨抜きにされてしうことなのか。だとすれば恐ろしい世の中になったものだ。 |
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| 5.26 「天照大神」 今日も朝から小雨。午前中紫蘇の移植をする。紫蘇は薬草茶に使う予定。夏の暑い時期に紫蘇の味のするお茶は美味しいし健康にもいい。午後からは本降りになってきたので麦刈りのための農機具の準備をする。収穫用の農機具は年に米と麦の2回だけ使用する。農機具は殆どが親切な農機具屋さんからもらったものばかり。全て中古である。それだけに気をつけないと肝心なときに動かないことになる。特に小麦の収穫のときは天気が微妙時期だけに神経を使う。小麦は6月10日前後の収穫になりそうである。それなりに実も入り色づいてきたので願わくばその頃に3日間晴れて欲しい。 百姓を始めて8年になるが何故日本の神様が「天照大神」であり、国の名を「日ノ本」と呼び国旗が「日の丸」なのか良く理解できる。正に太陽に生命を委ねてきたのだ。「天照大神」が隠れたとき、日本人は生きてはいけないことを知っていたのだ。自然が生命の源であり、生きる糧であることを理解していたので、自然には神様が宿ると大切にしてきたのだ。生きる智慧である。 何時の間にか自然より、お金が大事なような気になりだした。その結果自然をお金儲けの対象とし利用するようになった。「人心乱れるが故に天又乱れる」。これからはこのツケを背負って生きていかなければならない。借金も財産のうち?、そんな暢気な問題ではないか、、、、。 |
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| 5.25 夢 先日刈り取ったナタネを屋根の下に移動させる。天気がよければ畑で脱穀まで済ませてしまうが、今年は晴れが続かない。雨に長くあたると、かびたり、腐ってしまい味も収量も落ちてしまう。屋根の下に入れれば一応一安心である。2回目に刈り取ったナタネはもう少し畑に置いて雨に当てても大丈夫。来週晴れたら脱穀が出来る。 夜に知人の紹介で東京在住の定年退職をした男性から、田舎で暮らしたいので、家を紹介して欲しいと電話があった。最近その手の問い合わせが時々ある。100万人の帰農運動がいよいよ動き出したのかと実感する。 問い合わせの電話やら直接話を聞いて思うことだが、自分の頭の中の夢を追い、田舎の現実を知ろうとしてないようだ。その気持ちは良く理解できる。長年自分の「夢」を封印し仕事をしてきたのだろから仕方がない。人生最後のチャンスに思いを馳せるのも良く解る。そんな善良な企業戦士がこれから何百万人も生まれる。退職金と年金という一つの「夢」を叶えたのだから、これからはお金には変えられない「夢」を捜したらいいと思う。それで人生帳尻が合うだろう。 |
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| 5.21 ナタネの刈り取り ナタネの刈り取りをした。今日は約6a分。家内と2人で1日仕事。アメリカ人の青年には他の仕事をしてもらった。刈り取りも後の段取りを考えると微妙な作業である。手作業にはリズムがある。リズムが狂うと何倍も疲れるし作業効率も悪い。彼は細かな手作業が出来るタイプではない。人それぞれの個性だから仕方がない。ナタネの収穫も機械化できないかと色々と試してみたが我が家の経営規模では、手作業、天日干しが良いとの結論に達した。大型コンバインは400万円。小型機械は市販されていない。手元にある農機具で色々と工夫をしてみたが上手くいかなかった。 今日は鎌で刈り地干しをした。乾燥したらシートの上に集めて足で踏み脱穀をし、実と殻とを分け、さらに水洗してもう一度乾燥させ、搾油する。そこで初めて新鮮で美味しい油が口に入る。お天気次第だが6月の初めには搾油出来るだろう。 今年は何kgのナタネが収穫できるだろうか。袋に詰めるまでは何が起きるか解らない。計算では150kgだが天候のせいかサヤが小さいし、実も小さい。 自家製油は市販されているものとは味も香も違う.。売ろうと思えば売れる。実際注文も来ている。私の農業は自給を基本に考えているので、あまり売る気にはなれない。栽培収穫の苦労をお金に換えたくない。換金したとたんにお金の価値基準になってしまう。お金では買えない、お金には変えられないことをしているという自負がそんな思いにさせる。そんなことを思いながら刈り取り作業をした。 |
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5.20 頭の痛い話 |
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| 5.19 筋金と針金 雨続きのなか小麦もナタネも僅かに色づいてきた。よくしたもので小麦には山鳩が、ナタネに小鳥が群がっている。鳥に関しては何の対策もしないでいる。せめてもの生命の営みにたいする供養だと考えている。 今日も雨の中草取りをしての帰り道で近所の古老と立ち話をした。若い頃は天気のいい日には山仕事や土木仕事で現金を稼ぎ、雨の日に田んぼをしたもんだと話していた。明るいうちは家の中にいるようなことは無かったそうだ。確かにとなりのご夫婦も2人合わせれは160歳近いが少々の雨では外で仕事をしている。 とにかく良く働く。地域の古老には定年退職をした人と、一筋に体を張って働いている人といる。同じ古老でも公務員や農協、郵便局上がりの人とは雰囲気が違う。余計な話はしないで黙々と働く。筋金が入っている。今まではそういう人たちが山と農地を守ってきたのだ。今では筋金が一本二本と抜け、山も農地もボロボロになっているのが田舎の現実である。筋金といかないまでも、せめて針金ぐらいはと雨にぬれながら思った。 |
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5.17 不安と期待の日 |
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| 5.16 オッサンの祈り 今日は少しだけだが久しぶりにお天とうさんの顔を見た。畑で生姜に草マルチをかけている途中で知り合いが訪ねて来た。道端に腰をおろし暫しの談笑。家作りのこと、小麦のこと、噂話などなど、、、、、、。彼もIターンで奥さんと子供と3人家族。職人だが今年から農業に挑戦するそうだ。先ず秋に小麦を播いてみると帰っていた。米作りは水の問題があるので、近所の人間関係が上手くいっていないと難しい。その点小麦は畑作だから、マイペースで出来る。Iターンのひとが最初に栽培するのには良いと思う。彼も次には米作りもしたいと言っていた。動機や形はともかく、一人でも多くの人が農業に携わったら良いと思っている。日々生命との関係をもち続けるのが農業である。生きる、生きている、生かされている。生きようとして生きられず、死のうとして死ねない。理屈ではなく実感し、実践するのが農業である。 明日アメリカから男子学生が訪ねてくる。自給自足、循環型農業に関心があるからと理由をメールに書いてあった。若者の農業離れは日本だけではなく世界中の問題でもある。国籍は問わない。若者が一人でも多く農業に関心を持ち、願わくば実践して欲しい。生命を直視し、生きることを考えて、行動して欲しいと願っている。田舎の偏屈なオッサンの祈りである。 |
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| 5.14 田の草取り 久しぶりに雨が上がる。晴れとはいかず、曇り空。田植え後の一番草を取る。近所で手植えをするのは我が家だけ。当然田の草取りをするのも私だけ。田植えの後、雨が続き気温が低いため稲の顔色と姿勢が悪い。ピンと天を突くような姿ではない。なんとなく腰が曲がっている。草取りには早いような気がしたが後の仕事の段取りを考え、草取りを始めた。途中何回も止めようかなと思いながら続けた。稲も太陽の光を受けなければ元気にならない。結果はともかく日々の務めをするだけである。 |
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| 5.13 百姓に必要なもの ああ今日も雨。小雨ぐらいならば田植え後の一番の草取りをしようと思ったが、ちょっと雨脚が強すぎた。結局午前中は雑用と、午後は来客とお茶を飲んで終わり。百姓はとにかくお天気任せ。自然の恵みを頂くと言う謙虚さが必要だが、それだけでは生きていけない。自然を観察する洞察力と、強かな直感力が欠かせない。自然と言うとてつもない大きな力と、人間関係というなんともつかみ所の無いものも味方にしなければ、一人前の百姓とは言えない。自然を知り、自分を知り、足るを知るには百姓は良いものだ。それぞれに向き不向きはあるが、自分には良い経験をしていると思っている。 |
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| 5.12 雨 今日も時折小雨がぱらついた。気温も低く肌寒い。これだけ雨が多いと小麦の穂も小さい。元気なのは畑の草だけである。小麦を作り始めてから何年にもなるが、こんなに草が多く大きくなったのは初めての体験である。暫くは草刈りと草取り。天気予報は明日も雨。何時か晴れる日も来るだろう。 |
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| 5.10 図書館に思う 今日も雨。夕方カヌー仲間を誘って食事に出かけた。たわいもない話に盛り上がり楽しかった。食事の前に本屋を覘く。何時も感じることだが人口の割りに書籍が少ない。市立図書館もあるが図書室と言う感じ。土木工事に熱心も良いが、少しは書籍もそろえるようにしてもらいたいものである。それにしても日本では行政をチェックする機能が無いなぁ、、。 良いところと改善した方がいいところとはっきり示すことが大事だと思うが、わが町もチェック機能は皆無と言って良いだろう。先日もある市の議員と話す機会があったが虚しさだけが残った。他人を批判しても仕方がない。自分の出来ることをしょう。そのほうが健康にも良い。 |
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| 5.09 奇特な農機具屋さん もう梅雨に入ったかのような雨が続く。今週は雨、雨、雨のようだ。草刈機のエンジンの調子が悪いので何時もお世話になっている農機具屋さんに顔を出す。分解したら一部が破損していた。年間草刈機も何時間使うだろうか。ノコ刃とひも用と2台あるが消耗が激しい。結局部品を取替えなければ直らない。新しい部品はお金が掛かるので、同じ機種の古いのを探し部品取りをしようと言う事になった。その間これを使いなさいよと、別な機械を1台整備してくれた。 ここのおやじさんには何時も大変お世話になっている。どうして?と思うほど親切にしてもらっている。農機具はほとんど無料で貰い整備もしてもらっている。人の出会いは不思議なもので、ありがたいものである。自分が現在ある程度の規模の農業ができるのも、おやじさんお陰である。 |
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| 5.08 補植と米作り 田植えの後の補植をする。初心者が植えた後のチェックは大変なものがある。2年前某大学生が植えたときは手直しに何日もかかった。今回も初心者が多いので最初からその時の経験を生かし準備した。先ず代掻きは通常は田植えの3,4日前にしたほうが、馴れた人には植えやすい。しかし今回は7日前にした。その方が土が落ち着き水が濁らない。この辺は田んぼに升目に筋をつけ、角々に植える。初心者が歩くと水が濁り筋が見えなくなり、曲がった列になる。 次に田んぼに入る前に教室で、黒板を使い田植えの心構えと、植え方を理論的に丁寧に説明をした。次に田んぼで実際に植えながら説明をした。植えるときには1人4株と決め順番に並んだ。植え始めたら全員が4株植え終わるまで待って、次の列に進んだ。ゆっくり、丁寧にと何回も繰り返した。その結果は初心者が植えたにしては、上等の出来だった。チェックも楽だった。こちらの準備と説明の仕方で初心者でも綺麗な仕事が出来る。良い経験になった。感謝。 田植えを初めて経験した若者は今頃何を思っているのだろうか。ご飯を頂くときに何かを感じてくれたらとも思うが、、、。 自分の米作りは化学肥料も農薬も使わない。勿論除草剤もなし。水を調整しながら育てる。毎日の天候と気温と水温と稲の顔色を見ながら調整する。 今年植えた田んぼは水路の一番下流にあるので、上流の人の都合で水路の水量が変わる。毎日が「我田引水」ゲームである。どんな状況にも対処していく、したたかさも訓練される。米作りを通して多くのことを教えられ鍛えられる。米作りが日本人に大きな影響を与えてきたのは確かなことである。米作りが変わり、日本人の心も変わってきた。最近の日本の米作りは疑問に思うことも多い。精魂を込め米作りをしよう。 |
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| 5.05 田植え 田植えが無事終わった。人間の手で植えた水田は美しい。人間の想いが美しく見せるのかもしれない。総勢13名で植えた。多くの若者に助けてもらった。これから毎日水の管理が始まる。水は他人との微妙な問題があり、自分の思うようにいかないところがある。我が家の水田は一番下流にあるので難しいこともある。我田引水とはよく言ったものだ。良い悪いではなく百姓の性であり業である。暑い日も寒い日も働き続けてきたものに備わったものである。そうでなければ厳しい条件の中で働き続けることなど出来なかっただろうと思う。 昔は雨が降らないために血の雨が降ることもあったと聞く。とても新米百姓が太刀打ちできる世界ではない。最近は水田が少なくなっているので水に関しては深刻な問題にはならないと思う。その代り獣害という深刻な問題がある。それにしても今年の春先から雨が多いのに川の水量は少ない。人間のわからないところで自然界は変化を続けているのだろう。 |
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| 5.02 追悼会 今年初めてマムシを生け捕りにした。一歩間違えば大変なことになる。 昨年若くして(享年45歳)亡くなった知人の追悼会に参加した。生前の彼の人柄を偲ばせる良い会だった。良い人は短命なのかな、、、、。生あるものは必ず死を迎える。日々怠ることなく生きたいものである。 |
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| 5.01 おっさんの意地 生姜15kgを植えた。合計45kg。果たして何キロの収穫が出来るか。お茶用にスギナを刈り取る。紫蘇の苗も準備した。スギナ、どくだみ、紫蘇が基本で、それにスギナ、びわの葉、柿の葉、生姜などをブレンドした薬草茶を作る。健康にも良いし、遊休農地の活用にもなる。これに経済的な効果がついてきたら言うこと無しだが、そうは簡単には行かないだろう。今後の課題である。 廃校舎と放棄された農地と若者と偏屈なオッサン。この組合わせの中から何が生まれるのか。校舎も農地もオッサンも世間の常識からは見放された存在。でも人間社会には校舎も農地も大切な存在である。オッサンには男の意地がある。つまらぬ意地を張り若者の邪魔をしないように、せいぜい気をつけよう。 |
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| 4.30 プロの技・若者の挑戦 4月も終わり。今月は畑仕事が忙しかった。畑で汗を流すのは気持ちがいい。薬草園も構想から、現実の第一歩がスタートできたのが嬉しい。遊休農地の活用法を色々試してきたが、ここでは小麦が4番バッターならば、薬草は2番かな。生姜が8番。1番は菜の花油か。3番は米、5番季節の野菜。 エースも育てる必要があるし、、、、。地域の特徴を生かしたバランスの良いチーム編成にしたいものである。 今日はプロのパン屋さんの石窯のパン焼き体験に、若者3人とGW中滞在する若い女性と家内と6人で一緒に参加した。さすがプロ。学ぶことが多く収穫も多かった。夜は若者3人と今後のことについてのミーティング。社会的な知識も経験も資金も無い若者の挑戦。若者の意欲と熱意とアイディアに期待しよう。今まで多くの人たちの協力を得て築いてきた土壌に、芽を出し、花を咲かせ、実を成らしてくれたらこんなに嬉しいことはない。 田舎には仕事が無いから若者が、仕事を求めて都会に出て行くと多くの人が言う。現代社会の「常識」である。常識は正しいものでも、間違いでもない。まして真実ではない。多くの人に共通する思い込みである。妄想と言っては言い過ぎか、、、?。常識を全て否定することもないが、縛られ惑わされることもない。常識よりも志を大事にしたい。若者が田舎で生活をしてみたいというならば、出来るかぎりの応援はしたいと日頃から考えている。 明日から5月。田植えに、菜の花と小麦の収穫と我が家では1年で一番忙しい季節に入る。 |
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| 4.28 廃校によみがえる子供達の声 隣町の小学校が全校生徒で旧敷屋小学校に遠足に来た。先生も入れて130名。僅か3時間程度の滞在であったが、学校に子供達の声が響いたのは何時以来だろうか。木造校舎には子供達の姿が一番似合う。例え1日であっても子供達に希望をもらった。何時の日か、学び舎として再生出来たらと願っているが、、。 120名の子供達が成人したとき何人が地元にいるのだろうか。教育とは何なのか。誰のための教育なのか。地域が滅びようとしているのに、子供達に地域を捨てて出て行くための教育をしている。親もそう願っている。田舎では幸せな人生が無いと教育をしているように思うが、私の思い過ごしであり僻みだろうか。 最近子供達の悲惨な事件が頻発している。何となく又かと感覚が麻痺している自分がいる。他人事として受け流している自分がいる。自分の力の及ばない事を、あれこれ考えても仕方が無いが、せめて自分の守備範囲はきちっとしたいと思うが、それさえままならない。自分の足元に照準を合わせないと方向性を見失う。 昨日は30kgの生姜を植える。あと15kgを植える予定。今年は生姜の種がえらく高い。地元の種やで1kg1480円。収穫できたら薬用として生かす計画。結果は如何に? |
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| 4.25 生姜 ここ数日は農作業に没頭している。1日働いて晩飯を食べたら疲れて寝る。田植えの準備、生姜の作付けの準備、薬草園の整備、小麦の草取り、周りの草刈り等。やりだせばきりが無い。百姓の宿命である。 |
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| 4.22 若いカップル 「自給自足」の生活をしたいという若いカップルが訪ねてきた。動機はともかく農業に携わることは良いことだと思うから、出来ることは協力をすると答えた。現実問題として何が出来るのか。話を聞くか,自分の拙い経験を話す程度の事である。 |
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| 4.19 小麦の生産 ある役所から電話で問い合わせがあった。内容は小麦の栽培面積の調査。我が家では2反5畝(25a)。私もいくつか質問をした。日本の麦の年間消費量が600万トン、国内産が60万トン。この数字は正確なものか?答えは正解との返事。和歌山県内での栽培面積は? 約1町歩(100a)との答え。和歌山県では麦に関しては無策を決め込んでいるようである。食料自給率の問題が取りざたされるが本気で考えるならば麦の生産量を上げれば解決の方向に行く。現在の日本で米と麦が自給できたら、後は季節の野菜と小魚で充分である。 我が家では和歌山県で一番の生産量の農作物が二つある。小麦と菜の花(食用油)。これが和歌山県の農業の現実である。 |
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| 4.18 ものは使いよう 今年の稲の作付けは約1反5畝。1回目の代掻きをした。去年休ませた田んぼなので、肥料は施さない。これからは毎日水の管理が始まる。稲刈りが終わるまでは天気のことやら獣害のことやら心配事は尽きない。一日一日の務めを果すだけである。今日も近所で猿を見た。猿はもはや人を恐れない。人の姿を見ても悠々としている。人間が猿を見てびくびくしている。どちらが良いのか解らないが、百姓としては何とかならないものかと頭を悩ます。自然は人間の都合の良いようにはまわらない。時には荒波の中で航海することもある。要は舵のとり方、智恵の使いようである。智恵の無いのが痛いなぁ。 |
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| 4.16 田植えが始まる 近所では早くも田植えが始まった。田植えに限らず夏野菜の苗なども年々早くなっている。なぜか知らないが先を急いでいるように感じる。野菜はともかく田植えの場合には「水」の問題があるのでマイペースというわけには行かない。水田の難しいところでもある。近所の水田で働いている人はみな80才前後の先輩である。1軒当たり2〜3反部の小規模農業である。小さな田んぼに立派なトラクターが何台も動いている。集落に1台あれば充分間に合うのに。田植え機も1家に1台。近所同士の共同作業は無くなった。地域の共同体としての機能は著しく低下している。山間地の農業は消える運命にあるのだろうか。そうであってはならないと思いながら今日も仕事に精をだす。 |
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| 4.14 誕生日プレゼント 昨晩は数人でささやかな誕生パーティーを開いてくれた。満59歳。年には不足が無い。自分の人生は10年周期で変化がある。これからはどんな生き方になるだろうか。願わくば今まで受けた恩の万分の一でも返せるような生き方をしたいものであるが、現実は未だに受けることの方が多い。せめて農業に精を出し、縁のある若者の応援が出来たら良いと思う。 昨日隣町の小学校の校長先生と教師が訪ねて来た。用件は共育学舎の活動拠点である、旧敷屋小学校に、全校生徒120名で遠足に来たいと言うことであった。どうぞ大歓迎ですと答えた。例え一日でも廃校になった校舎に子供達の声が響きわたることは良いことである。子供達が何を思い、何を感じるだろうか。何よりも嬉しい最高の誕生日プレゼントであった。 |
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| 4.12 ファンド 今年は雨が多い。4月としては記録的な雨。畑の乾く暇が無い。春に雨が多いときには小麦は良くない。人心乱れるが故に天又乱れる、そんな言葉を思い出す。 今朝知人が突然訪ねて来た。話の中で、郵便貯金を降ろし、ファンドに投資したという。その正当性を話してくれた。反論もしないで黙って聞いていた。自分に貯金があったらファンドを買うか? 答えはノー。そんな才覚も度胸も無い。畑で汗を流している方が気が楽である。 先日大阪からの客人も退職金を投資していると話していた。利益が出たら海外旅行に行くと楽しそうに話していた。投資と投機とは違うと2人とも話していた。自分のレベルでは理解できない。誰かが利益に笑えば、誰かが損に泣く。一夜こじきに一夜大名ともいう。願わくば損得に左右されないところに、身を置いておきたいと思う。 雨上がりで畑に入れないのでパンを焼いた。窯の癖も良く解ってきた。焼きあがりも、味も中々良い。小麦の栽培から加工までは合格だと自画自賛出来る。これから販売戦略を練る。若者の意見を受け入れながら実績を積み重ねて行きたい。 若者が田舎で生活できるようなものを作りたいと思う。若者の田舎離れは世界共通の問題でもある。お金という希望を求めて都市に流れていく。人間の志ではなく欲望が人間社会を支配し、自然に影響を及ぼしている。欲望そのものはを否定しないが、志を育て欲望をコントロールしないと欲望が暴走する。人心の乱れである。自分も経験しているので良く解る。叩けば埃が出る身である。この世のことは、この世にいる間に清算したいと思うが間に合うだろうか? 益々埃をかぶるような気もするが、、、、。 |
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| 4.10 学成難し 少年老い易く、、、、もうすぐ50代最後の誕生日。振り返ってみれば10代は悩み、20代は挫折し、30代は模索し、40代で確認し、50代で実践が始まった。思えば50歳までは身内からも社会からも、殆ど相手にされない生き方だった。今で言うところの負け組み、ニートのさきがけのようなものである。どんな時でも自分には曲げられない、妥協できない思いがあった。 その結果時代の流れとは合わなかった。高度経済成長の流れを横目で見ていた。華やかさとは縁が無かった。何時も歯を食いしばっていた。つまり自分に自信が無かった。主体性も無かった。自分の思いだけが空回りをしていた。自分が思い上がり、周りを責めていた。 では現在はどうか?自分は何も変わっていない。今更変わりようが無い、相変わらず偏屈なオッサンである。このまま生きるしか方法が無い、、、、か。でも時代は変わってきた。自分のような生き方でも、根を張る生き方が出来るような隙間が出来てきた。結果はともかく、時代に迎合しないで生きてきて良かったと思っている。これからも迎合する気は無い。 |
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| 4 07 猿の天下? 畑の近くで久しぶりに猿の群れを見かけた。冬の間は見かけなかったがいよいよ春の収穫物を捕りに来たようだ。地域で猿害対策をするだけの力は無い。個人的にしても焼け石に水。猿の天下である。猿、鹿、猪、鳥、昆虫など動物の食べ残しを人間が食べる。それも良いだろう。獣害のため人間が餓死したらニュースになるだろうか。今の日本では笑いものにして終わるだろう。春だと言うのに気が重い。こんなときには早寝しよう。 |
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| 4.04 自然の流れ 将来農業をしたいと言う東京の高校生が帰り、入れ替わりに昨年の懸賞論文に応募し、現在は東京で働いている若者が訪ねてきた。若者の農業に対する関心は確実に高まってきていると思う。現実問題として受け皿となると心もとない。この春全国で新入社員が多く誕生したが新規就農者は何人いるだろうか。高齢に因る離農と新規就農の差は開くばかり。 小麦畑の草取りに精を出す。春先ボランティアキャンプの準備と片づけの2週間ばかりの間に草はしっかり成長している。2週間の遅れを取り戻すためには何倍かの労力を要する。自然の摂理は人間の都合に合わせてくれることは無い。人間が自然の摂理に合わせるしかない。解ってはいるが、ついつい余計なことをする。死ななきゃ治らないようである。 |
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| 4.03 久しぶりの畑仕事 久しぶりに1日畑仕事をした。まだ何となくエンジンが掛かっていない感じがした。菜の花は5分咲き。今のところ順調、今年も美味しい油が取れそうである。満開の桜と菜の花。春を実感。今年は寒いせいか、小麦は少し生育が悪いような感じ。それでも穂が出始めた。例年より少し遅い感じがする。雨が多いのが気に掛かるが日々の務めを果すだけである。明日には若者2人が来る予定。 |
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| 4.01 ボランティアキャンプ終わる。 3月25〜30日までのボランティアキャンプも無事に終わった。参加者は日本、アメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリアの5カ国。年令は2歳から58歳まで。多少の出入りがあったが連日20数名が共同生活をした。これだけ違う人間が集まれば小さなトラブルは連日起こる。それだけお互いの感情がむき出しになった結果だから、仕方が無い。 そんな中でお互いを思いやる気持ちが生まれる。誰かが誰かをカバーする。親しくなるための通過点である。4日目ぐらいからなんとなく、家族的な雰囲気になる。それでもトラブルは生まれるが、何となくお互いの役割が鮮明になってくる。各人が主体的に動き出す。そうなれば私は黙って座っているだけである。 参加者はそれぞれに何かを感じ、学ぶ事ができたと思う。準備と後片付けは大変だけど、参加者の変化を見ていると楽しいものである。次回は何時ですかと聞かれたが、解りませんと答えた。 |
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| NPO共育学舎 代表 三枝 孝之 〒647-1221 和歌山県新宮市熊野川町西敷屋450 TEL/FAX 0735−47−2160 E-mail:saigusa@zb.ztv.ne.jp |