日記 〜Iターン百姓のひとり言〜
2005年正月より日記を開始
共育学舎代表 三枝孝之の
独り言コーナー。
頻度と何時まで続くかは「風の吹くまま」
ですのでご了承下さい。

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7月〜12月までの日記を掲載しています
1月〜6月まではこちらをご覧ください English from 14th August 2005
12.31 書き納め
  大晦日の午前11時。普段と何ら変わらず静かである。盆も正月も無い。これはこれで無事ということであり良いだろう。今更1年を振り返ったところでしょうがない。日記を書き始めて1年。本年はこれにて打ち切り。来年はどんな年になるのか解るはずも無いが、願わくば平穏でありますようにと心から祈念します。


12.30  カヌー仲間
 午前中に餅つきをした。例年石臼を出し、杵で搗くが、今年は横着をし機械で搗いた。機械で搗いたら準備も後片付けも楽である。夕方から共育学舎のカヌースクールで、お世話になったインストラクター仲間で忘年会。どんな話題から入っても最後は笑って終わりになる。面白くもあり、よき仲間である。私の知るかぎりカヌー仲間は変わり者が多い。わたしも周りから見れば変わり者の一人である。このことに関しては自覚もしているつもりである。正月6日に川下りをして、新年会をしようというのである。変わり者の上にバカが付く少数派である。そのことに優越感すら持っているので始末が悪い。付ける薬は無い。勝手にしてくれ。思い出せば今年の正月にも寒い中カヌーをし新年会をした。

12.29  行政への期待 
  昨日の夕方、県庁の若い2人の職員からシーニックバイウェイについての説明を受ける機会があった。御用納めの日でありながら熱心なことだと感心した。熱意と能力のある若い公務員が育って欲しいと願う。行政が今までの縦割りではなく、課を越えて一つの政策を進めようと取り組みを始めたという。良い事ではあるが行政から見た政策ではなく、住民の視点から見た政策の実行が必要だとお願いをした。
  何故ならば今まで莫大な国家予算を使いながら、住民の生活環境は必ずしも良い方向に向かっていない。特に最近の政策はいい加減にしてくれというのが多い。一般庶民、特に地方は無視されていると言っても過言ではない。行政の都合の良い政策を積み重ねてきた結果である。今までの過ちを反省し、改めて、政策を実行しなければ公金の無駄使いになる。若い人に是非新しい流れを作って欲しいと期待している。もちろん自分の出来るかぎりの協力はするつもりでいる。
 日本は民主主義でなく金主主義に成り下がっているように思えてならない。お金は使い方で、益にも毒にもなる。お金の儲け方に熱中し、使い方の勉強を忘れてしまったらしい。ものを生かして使う工夫を大事にしたいと思う。

12.27  春を待つツクシ
  今年も残り少なくなった。夕方新宮市内に行く用事があった。町の様子は年末の雰囲気は無く何か寂しげであった。大型スーパーに寄って見たが、普段と変わりは無い。そういう自分も年末と言う意識は無いな。未だに餅つきをどうするのか決めていない。明日は昼食を招待され、夕方は来客の予定がある。餅つきが出来るのは30日だけである。
  今日も麦畑の手入れに精を出したが風が冷たかった。麦も新芽を鹿に食べられ、このところの寒さで予想以上に弱っているようだ。追肥のタイミングも一寸遅れ気味。百姓の心配の種は尽きないが、思うように行かないのが百姓と都合の良い様に考えることにする。土の中では土筆(つくし)が春の準備をしている。土の上でも多くの草が芽を出し春の到来を待っている。人間だけが寒いの暑いのと騒いでいる。
  心こそ心迷わす心なり、、、、、。人心の乱れも来るところまで来た感じがする。世の中の流れに惑わされることなく、心を修めたいものである。


12.25  冬の寒さにも負けず 
 今朝もかなりの冷え込みであった。追肥の為に畑に行くと、霜で真っ白で麦も菜の花も寒さに凍えていた。思わず頑張れよと声を掛けてしまった。こんな寒さをエネルギーとして成長する姿が愛しくなる。来年の初夏にはどれ程の収穫量になるのだろう。小麦は11月初旬に蒔いたのと下旬に蒔いたのでは発芽率も成長もかなり差がある。此処では早蒔きの方が良い様である。といっても来年まで待たなければならない。小麦もお米も年一回のチャンスである。後何回栽培のチャンスがあるのだろう、と思うと一年一年が真剣勝負である。知人から忘年会の誘いがあったが、昼間から酒を飲むのも気が進まないのでお断りした。

12.24  台湾で旧交を温める 
 昨晩無事我が家に戻った。台湾旅行は台北市内から一歩も出ることは無かった。12日の早朝成田空港を目指し出発し、午後8時成田を飛び立ち、台北時間13日午前1時にホテルにチェックイン。20日午前9時台北を飛び立ち12時成田到着。その後私の実家に滞在し帰宅する。
  台北の第一印象としては、今までの私の旅の中で最も安心して滞在できた都市であった。市内散策で2日間を過ごし、3日目に以前私の家に滞在したことのある、大学教授に連絡をしてみた。電話が通じなかったので、大学見学を兼ねてアポなしで訪ねてみた。突然の訪問に驚いていたが、気持ちよく歓迎してくれた。夕食を一緒にということになった。私としてはそれだけで満足であったが、翌日から学校を休み5日間案内をしてくれた。我が家に滞在したとき一緒だった他の2人の教授とも会い久しぶりに話が弾んだ。彼らは国家的なプロジェクトに関係しているエリートである。
  案内をしてくれた教授の一人息子は我が家にも一緒に滞在したが、その時は中学生であった。彼は高校に進学しないで武術の練習に打ち込んでいた。練習を見学する機会があったが気合が入っていた。教授の話によると、日本から帰った後で『Mrサイグサは大きな話をするがやっていることは小さい。自分は小さなことを考えて大きな事をする』と言って進学を拒否したそうだ。もう一人の教授の奥さんは高級官僚である。才色兼備を絵に描いたような素敵な女性であった。日本で言えば東大出のエリート夫婦である。
  その長男は16歳で料理人の世界に入った。2人が進学をしないことは、関係者の間ではショッキングな話題になっているらしい。私にも意見を求められたが、「若くして自分の意思で自分の道を決められる。こんなに素晴らしいことはない。苦しい壁に付き当たった時も自分で決めたことならば力が出る」と答えた。その他、一介の観光客では体験できないことも体験できて充実した旅になった。
  台湾ではお酒を飲む機会は少なかった。思わぬ休肝日の連続であった。気になる畑は電気柵が一箇所破られていたが無事であった。明日から小麦に追肥をしよう。

12.11  久しぶりの旅
  明日から暫く留守をする。旅先にパソコンを持っていく気は無い。明日の晩は台北にいるはずである。色々な国を旅をし中国大陸も行ったことはあるが、何故か台湾には縁が無かった。今までの私の旅のスタイルは、ガイドブックは持参しないし、読まない。荷物は一組の着替えと洗面道具だけ。空港からダウンタウンまで行き、安いホテルを決める。ホテルから毎朝散歩し、朝食をとる。午後も歩いていける範囲で夕食をとる。この繰り返しで約1週間が終わる。そうするうちにその国のことが少し見えてくるし、情報が集まる。その後で情報を活かし次の行動に移す。この繰り返しである。名所旧跡などの観光地には行かない。こんなことも半年一年単位での旅だから出来たことである。今回は10日足らずの滞在。おそらく毎日歩いて終わることだろう。


12.10  農業政策に思うこと 
  夕方早めに仕事を切り上げ温泉に行った。自宅から車で10分で6箇所の温泉がある。時々温泉に行き疲れを癒すことがある。今日そこで地方紙を読んだ。普段新聞を読む機会がないので見るとついつい読んでしまう。一面に来年度和歌山県でも、会社が農業を出来るようにし、Iターン者などが働けるようにする政策に力を入れるとの記事があった。国は規模の大きい農家を40万軒に集約しようとしている。県もその流れに沿った政策を進めようとしているのだろう。空調設備の効いた部屋で、農業の経験が無く、身分を保証されている公務員が考えるとこういう政策が出来上がるのだと思う。規模を拡大し効率の良い農業経営をし、競争力をつける。
  確かに机上で考えるとその通りである。間違った政策とは言わないが、偏った政策である。人間の体に例えれば、健康な肉体を維持するならば、頭脳も内臓も大事だが、毛細血管の血行を良くしなければ頭脳も内蔵の働きも衰えていく。毛細血管にあたる山間地の小さな農業が成り立つような政策も平行して、同じように力を入れる必要がある。そうすれば日本の農業も全体として底上げがされる。寒さで鼻水を流し、獣害対策に追われながら細々と農業をしているとこんなことを考える。
  平成の合併は地方による地方の切捨て政策である。小さな存在が大きな存在を支えている自然の摂理を理解できないようである。日本の田舎から一次産業が消える日も遠からず来るような気もするが、そんなことにならないようにしたいものである。そうするためにも農業者がものを考え、積極的に意見を主張することが大事なことだと思っている。熊野川町も10月から新宮市になった。新しい市長も決まった。選挙公約に休耕田の活用と書いてあった。年が開けたら具体策を聞いて見たいものである。


12.9 鹿・・・。
 朝、家の前で犬が吠え続けていた。行って見ると大きな雄鹿を追い込んでいた。暫くして鹿は絶命した。思えば鹿やら猪など動物の餌を随分栽培している。何か複雑な心境であった。 
 今年の共育学舎の参加者を整理してみたら約500人。その他個人的な来客を加えると700人前後になる。改めていろいろな事を企画したし、人の出会いがあったなぁと感慨に耽る。12日に台湾に出発が決まる。どんな旅になるのかな。


12.8  戦争について
 確か本日は真珠湾攻撃の日である。日本は何故アメリカと開戦をしたのか。日本の歴史を振り返る良いチャンスである。と思うが何となく考えもせず、時が流れていく。戦争は反対である。平和を願っている。誰もが同じ思いであると思うが、現実は思いとはかけ離れ争いが繰り広げられている。今の日本社会は銃こそ持ってはいないが、戦場にいるようなものである。連日悲惨な事件や事故が起きている。自衛隊は軍隊としてイラクに駐留している。人心の乱れはますますエスカレートしている。
  世間のことを承知した上で、自分の気持ちを保つのはなかなか難しいことである。自分は農業を通して出来るかぎりのことをするしか出来ない。微力を承知の上で実践するだけである。自分の気持ちが戦争状態にならないように用心が肝要である。


12.7 獣害対策?
 獣害対策の件で行政の農業担当者と話をした。その中で「やみ小作」という言葉が出てきた。正式に小作契約を結ばずに他人の農地を耕作することを禁止する法律に照らし、小作契約を結ばずに他人の農地を耕作することをやみ小作という。前時代的な響きを感じさせる言葉である。戦後の農地解放を経験してきた世代は小作契約は他人に農地を取られるという認識が強い。従って小作契約をすることは、まず無い。高齢や何かの事情で放棄せざるをえなくなった農地を、近所の農家が半ば好意で耕作するのも、小作契約を結ばなければ,やみ小作である。農地法違反である。
  何故この言葉が出てきたかと言うと、獣害対策は農地法に違反しているものには、行政として関わりを持つことは出来ないと言うのである。尤もなご意見である。私にこの地域のやみ小作の正確な資料は無いが、調べたら相当な面積になるのは間違いないだろう。獣害対策はやみ小作の部分を外したら歯抜けになり何の対策も出来無い。この現実を知っての発言なのか聞く気にもならなかった。

12.6 旅行と帰省で留守にします
  若い頃外国を放浪したこともあったが、熊野に住み始めて一度も外国に出かけていない。農業を始めると、まとまった時間を取るのは難しい。ネットを見ていたら飛行機代が安いのがある。同じ航空会社でも値段が違う。どんな仕組みになっているのか解らない。台湾まで往復17700円のチケットがあった。問い合わせをしてみたら対応もしっかりしていた。ここから東京にいくよりも安い。家内の両親は東京にいるので、里帰りを兼ねて台湾までちょっと足を延ばすことにした。家内も家にいたのでは休養が取れないのでたまにはいいだろう。と言うことで12日のフライトに予約を入れた。2,3日でフライト時間決定の返事が届く予定。家内も喜んでいた。


12.5 電気柵の中で土寄せ
 今日は寒かった。今年一番の冷え込み。麦の土寄せをしていたが雪がちらついて来た。電気柵のお陰で動物の侵入の形跡は無かった。来年6月の収穫まで毎日が動物とのお付き合い。獣害は深刻な問題である。
 世界遺産登録も、熊野学とやらもいいが、その前にやるべきことがあると思うのは百姓だけか。百姓は高齢化の上に少数だから、民主主義や資本主義といった、もっともらしい理屈の前では歩が悪い。人生は安全第一と素直に考えれば、安全な食べ物を生産する農業は最も大事な仕事になる。人心も落ち着いて今世間を騒がしているような問題も解決するだろう。現実は畑で寒さの中で鼻水を垂らしている自分がいる。

12.4 千客万来 
 先日1週間ばかり滞在した大阪の26歳の青年が、来年1月中旬までの予定で滞在したいと訪ねてきた。どうぞと受け入れた。女子大生2人も1泊で遊びに来た。若い人たちが田舎に足を運ぶことはいいことだと思う。将来の成長が楽しみである。今日は朝、昼、晩と別の来客があり1日中座っていた。人それぞれの人生があり面白い。

12.1 鹿害
 今年も師走を迎えた。小麦の若芽を何ものかが食べている。今の時期ならば問題は無いが、電気柵の準備をする。足跡から鹿だと想像できる。数年前までは狩猟期が始まると獣害は止まったが、最近は関係なくなった。猟師の高齢化による減少と、個体の増加のためだと思う。なんとか歯止めを掛けないと田舎で農業は出来なくなる。地域の共同体としての力も衰えているし、行政に期待することは無理だし、個人レベルでは電気柵を張る程度が限界である。幸いなことにまだ猪、鹿には電気柵は効果がある。何時まで効果があるのかは時間の問題だと思う。
 人間の生命の根源は食べ物だと思う。良い種を蒔かなければ良い実は成らない。何時まで出来るかわからないが、出来る間は汗を流そう。良い芽が出て、良い実が成ることを信じて。

11.30 アメリカ人カップル帰国
  10日から滞在していたアメリカ人カップルも帰国のため東京に向かった。同じ屋根の下に住み、一緒に働きながらの生活で面白いこともあったが、しんどい事もあった。彼らは積極的というか自分勝手というか、ほほえましく思ったことも、腹がたった事もあった。彼らも私に対して同じような感情をもっただろうと思う。
  男の子は日本に関心もあり、学ぶ姿勢がありいい関係であった。女の子は美人で頭が良くて気が強かった。日本に関心があるわけでなく、彼に付いてきたと言う感じであった。ホームシックにかかり情緒は不安定で、彼が楽しそうに話している脇でつまらなそうな顔をしている時が多かった。自分は英語が出来ないので何もして上げられなかった。家内は英語が出来るので中を上手く取り持ってくれた。英語の勉強にもなったと言っていた。あと2,3人から英語での問い合わせがあったが、年末年始は帰省をしたりするのでお断りをしている。来年はどんな外国人が来るのか楽しみである。


11.29 体験観光シンポジウム
 県観光課主催の体験観光関係の講演会と交流会があり参加した。和歌山県に修学旅行を積極的に受け入れようというのである。主旨には賛同できる。自分もこの年になっても小、中学校の修学旅行のことは良く覚えている。小学校は東京タワーと上野動物園と皇居に行った。中学校は京都奈良だった。子供たちが田舎と一次産業に触れるいい機会だと思う。自分の所では修学旅行という形での受入れはいろいろな事情で難しい。形を変えて子供たちに田舎と農業の楽しさと辛さを伝えて行きたいと考えている。

11.24 パン釜の広がり
 三重県の知人からパン窯が完成したと連絡があったので、火入れに行って来た。作る前の説明のときに、後で微調整をした方がいいので赤土だけで作るようにアドバイスしておいたが、セメントを混ぜてあった。理由を聞くと本に書いてあったからとの返事。どうも近くの経験者より、本に書いてある事の方がありがたいようである。
 煙突の吸い口が小さく、たき口から煙が出て仕事がやり難い。赤土だけならばその場で削ればいが、セメントを混ぜてあるので修正が出来ない。それぞれの考えがあるので仕方が無い。窯の作り方はともかく一粒の種が蒔かれた。彼は小麦も栽培するのでパン窯とセットでどんな広がりを見せるのか楽しみである。近くにピザを上手に焼く知人がいるので紹介をしてきた。


11.22 また青年がやってきた
 昨日から大阪の26歳の青年が来て、1週間の滞在予定。彼は将来農業をしながらレストランをする夢を持っている。若者がどんな動機で、どんな形でもいいから農業に関わることはいいことだと思う。私に出来ることならば協力は惜しまないつもりでいる。


11.20 熊野の手仕事
 18日からの2泊3日の田舎暮らしインターンシップも無事に終わった。天候にも参加者にも恵まれ、主催者としては成功だったと思っている。1日目には炭焼き窯を作り、竹炭を焼いた。2日目は土釜でのパン焼きと大学教員の講座。3日目はピザ作りと竹炭の窯だし。参加者が女性が多かったこともあり川原屋は見るだけにした。今後も定期的に続けることにより、田舎のよき理解者が増えていくと思う。その中から一人でも、農林業に携わる人が生まれたら良いなと考えている。


1116 「 田舎暮らしインターンシップ」と一息
  18日からの田舎暮らしインターンシップの準備やら、急に頼まれ仕事が入ったり何かと気忙しい1日だった。明日には前泊の参加者を迎える。今年最後のイヴェントにしたいと思っている。
 熊野に来て7年。流れに身を任せながら生きてきた。一応の土台は出来たように感じている。これから柱を立て始める。その前に一息入れたいような気になっている。久しぶりにゆっくり旅行にでも行こうか。家内もたまにはゆっくりしたいだろうし。12月には予定を入れないようにしよう。

11.13 パン焼き教室
  プロのパン屋さんを呼んで、プロの目と技術で私の栽培した小麦と土窯のチェックをお願いした。パン屋になる予定の学生と、パン窯を一緒に作った職人と、パン作りに関心のある知人、合計13名が参加。結論はプロの目から見ても小麦の品質も、窯の燃え具合もokとお墨付きをもらった。あとはパン作りの技術を磨いて行くだけである。地域内で栽培、加工、販売、消費の第一段階から第二段階に進むことになる。道のりは厳しいが体制は徐々に整いつつある。今後の展開が楽しみである。


11.12 アメリカからの滞在者
  10日からアメリカ人の22歳と20歳のカップルが宿泊している。有機栽培の農家がホストになり、関心のあるゲストに宿と食事を提供し、ゲストは1日6時間程度の労働を提供する。そこにはお金は介在しない。イギリスで始まった活動で世界中に組織がある。我が家も最近登録し、初めてのゲストが来た。農業に関心があり、労働意欲があるから好感の持てる若者である。他人の家に泊まり働く経験を積んでいるので、よく働くし、気がきく。ホストにとってもゲストにとっても、とてもいい経験になる。日本ではホストは100軒を超えた程度。和歌山県では我が家が第一号。こんな活動がもっと普及したらいいと思う。


11.8 和大の学祭・奈良・いのしし
  5,6日と和大の学祭に参加し、7日は奈良の友人を訪ね、3泊4日の小旅行。
学祭には、窯でパンを焼いていき販売した。1日で完売し2日目は開店休業。川原屋は防災コーナーに展示した。田舎にいると若者を見る機会は無いので、若者を見ているだけで楽しかった。田舎のおじさんとしては服装の乱れと、姿勢が悪いが気になった。そんな中で好感のもてる、何人かの学生と話が出来たことは収穫だった。奈良では知人の経営するレストランで美味しい食事と、楽しい会話が出来て良かった。何かを真剣に実践している人との会話は楽しいし参考になることが多い。翌日の奈良街散策も楽しかった。たまには外の空気に触れるのもいいものだと思った。帰って畑を見たら猪が入っていた。一瞬にして現実に戻った。

11.2 地区の運動会
 学生は昼食のあと帰っていった。午後から明日開かれる地区の運動会の準備に参加した。参加メンバー3〜40人。殆どが70才を過ぎた先輩たちである。噂ではどうやら今年が最後になりそうである。準備は2時間ほどで終わった。私の住んでいる地域は近所付き合いは、とても質素である。私の知っている田舎の運動会というと、朝から飲んだり食ったりのお祭気分だと思う。ここでは飲み食いは無し。昼食も家に帰って済まし、午後再び競技を再開する。終わって解散。ちょっと寂しいような気もするが、郷に入っては郷に従う。
 運動会の準備が終わった後、学生が来たときの為に、小麦を蒔く畑の準備をする。約1反歩、300kg前後の収穫が見込める。種まきは次回学生が来たときに本人たちにしてもらい、収穫までの世話をしてもらう予定。学生が次回来たときには最終的な結論が出ていると思う。楽しみは寝て待つことにする。
 先日蒔いた小麦も芽が出始めている。去年は11月に台風が来て蒔き直した。今年は台風直撃は無かったので、このまま年を越すことが出来るように祈る。


11.1 若者たちの新しい選択 
  昨晩から田舎で生活をしたいという学生2人が宿泊している。昼間は畑仕事を一緒にし、夜はIターンの話を聞きたいと言うので、近所のIターンの友人を呼び一杯飲みながら話をした。友人はちょっと辛口の話をしていた。学生は何を思ったのだろうか。今までIターンというと何年か都会で生活をし、田舎に来る人が殆どだった様に思う。大学を出てそのまま地縁血縁の無い、田舎での生活をスタートしたいという。稀なケースだと思う。動機はともあれ、若者の意識の中に、田舎での生活も選択肢の一つとして、入ったことに意味があるように思う。若者に情報と経験の場を提供することが大事である。若者が田舎で生活できる環境と具体的な方法を実現したいと思う。
  個人的な考えとして、明確な目的も考えも無く,安易に経済活動の歯車になることは無いだろうと思う。ゆっくり考えて、本当に自分のやりたいことを、確認してから働き出しても遅くない。中年になって後悔しても遅い。若者には自分の人生を大事にしてもらいたいと願っている。自分だけを大事にする短絡的な考えでなく、自分を大事にすることが、周りの人も大事にし、自然環境も大事にすることだということを、理解し生きるようになったらいいと思う。今の田舎には新しい若い血が必要である。このような意識を持った若者が田舎に増えれば、田舎再生の道も開かれてくる可能性がある。
  競争に明け暮れ、不安の中で物欲に溺れる人生でなく、安心し、心身を養うことの出来る人生を送ったらいい。若者の少しの勇気が人生を変えるだろう。

10.30 市長選挙
 今月1日に合併した新市の市長選挙の投票日。清き、かどうか解らないが1票を投じた。即日開票の結果前職が返り咲くことになった。合併前は対等合併と言っていたが、現実は3万3千対2千人。旧熊野川町は一気に吸収合併されてしまった。ある程度予想はしていたが、ここまで容赦なく出来るのかと、変なところで感心してしまう。無くなってしまうと好いことばかりを思い出す。これは人の常か。環境がどう変わろうと自分の考えは変わらない。出来ることを積み重ねていくだけのことである。


10.29 知人の話・講演依頼
 朝から雨。近所に住む知人と久しぶりに話す機会があった。彼曰く、病で苦しんでいるとき、知人の紹介である人のテープを聴き、本を読み、神の存在を知り、真理に目覚めたという。その人は25年前に他界しているが弟子になったそうだ。宗教を失くすための宗教だと、説明を受けたので思い当たる名前を言ったらその通りだった。議論をすることも無いので、黙って話を聞いていた。元気になったのだからよかった。
 午後某団体から講習会で共育学舎の活動報告して欲しいと依頼を受けた。良くあるパターンでメインは大学教授の講演で、その後僅かな時間喋れというわけである。会場まで、片道4時間かかる。何を求めて指名したのか解らないが一応承諾の返事はした。支離滅裂な話になることは間違いないが、誰か一人でも農業とか田舎に関心を持つキッカケになればと思う。大学教授と、畑で汗を流している百姓の戯言を聞き比べてもらうのも面白いだろう。


10.28 菜の花・休耕田
  今月初めに蒔いた菜の花も、蒔いた後で雨が続いため生育が悪かったが持ち直してきた。小麦も蒔いたし、これからは少しゆっくりする予定だったが、頼まれ仕事も多く、そうは問屋が卸さないらしい。ここ2日間は休耕田の草刈りを頼まれ,朝から晩まで草刈り機を振り回していた。
 それにしても休耕田というより、放棄された農地が増えている。最低年1回、出来れば3回、草だけでも刈っておけば農地として再利用は直ぐできるが、長い間放棄したら再生は大変である。休耕田で菜の花を栽培し、食用油を自給し、小麦を栽培し、加工することを積み重ねていこうと実践している。個人レベルでは焼け石に水だと言うことは百も承知しているが、自分で考え実践していることだから、出来る限りのことはするつもりでいる。

10.26 3人の学生、田舎へ
 本日1反5畝分の小麦の種を蒔く。後は順調に成育し収穫できるように祈る。昨晩3名の大学生が泊まりに来た。1年間休学をし田舎で小麦を栽培し、パンを焼く生活に挑戦したいと考えているが、現実問題としてどうなのか意見を聞きたいと言うことだった。自分たちが考え、出した結論ならば行動に移したらいいと答えた。私に出来ることがあれば協力は惜しまないとも答えた。
  共育学舎には大きなパン窯も小麦を栽培できる畑もある。周りには人生経験豊富な先輩が大勢いる。大学では学ぶことの出来ない、生きた学問を学び、実践することが出来る。今まで若者は可能性を求め都会に出かけていったが、これからは田舎の大きな可能性を発見し挑戦したら良い。都会で育った若者が田舎に来たら良い。都会の人工物に囲まれた生活でなく、自然の中で人間らしい生活に目覚めたら良い。他人と競争し優劣を争う生き方でなく、他人と協力し汗を流す面白さを実感したら良い。自然の厳しさと恵みを実感し、時にはどうにもならい悔しさに涙し、時には嬉しさに涙を流したら良い。お金を得るために自分の時間を切り売りするのではなく、自分の考えに殉じたら良い。若者の選択肢の中に田舎での生活が入り、幅が広がったら良い。田舎での生活を体験し都会に出かけても良い。その逆も良い。
  学歴や肩書きを頼りにするのでなく、自分の中に確かな支えを築いたら良い。確かな支えを築く第一歩は自分で考え、自分の考えたことを信じ、行動に移すことである。彼らがその魁になるよう願う。その為の協力は惜しまない。


10.24 小麦の種まきに思う 
 小麦の種を蒔くために約1反5畝の畦たてをした。耕耘機の刃を並べ替えて畦をたてるので、クワでの作業を思えば楽なものである。機械だと1反5畝を半日で出来る。クワなら2日はかかるだろうし、何よりも腰が痛くなる。日本での麦の年間消費量は約600万トン。国内生産は約60万トン。和歌山県は統計上はゼロ。熊野川町では私だけが生産している。
 日本は麦を栽培する自然条件も、技術も、機械も有り、化学肥料も、農薬も完備している。しかも麦を栽培できる農地もある。その気になれば麦と、お米は自給できる。なのに麦の自給率は10%。政治家も、農協も、官僚もお米の消費拡大は声を大にして言うが、麦の生産拡大は何も言わない。何処かの国の食糧戦略に巻き込まれているのも知らないのか、遠慮してなにも出来ないのか、現実を知らないほど勉強不足の上に頭も回らないのか。私利私欲に目がくらんで、肝心なことは考えられないのか。
 郵政民営化には血眼になっているのに、国民の命の元である食糧生産には、ポーズだけで無関心でいる。誰が、何時ごろから言い出したのか、国産小麦ではパンが焼けないと言う。確かに”一斤の食パンを握れば一握りになるような、情けないパン”は焼けない。しかし、”味も、香りも、食感のいい、重量感のあるパン”は焼ける。市販されている自動パン焼き器でも焼ける。全粒粉でふすま入りでも美味しく焼ける。
 我が家では実践している。安全で、美味しくて、栄養価の高いパンが焼ける。せめて子供たちにはこんなパンを食べさせてあげたいと切に思う。日本は四季の島である。夏のエネルギーを蓄えたのがお米なら、冬のエネルギーを蓄えたのが麦である。それに季節の野菜と、近海の小魚を加えたらバランスのとれた食生活になる。今年も心を込めて小麦を蒔く。


10.20 経済戦国時代
 
2,3ヶ月前から我が家のパソコンも常時接続になった。以前は天気予報を見る程度の接続だったが、最近はニュースも1日1回ぐらいは見るようになった。プロ野球も、もう直ぐ日本シリーズが始まるが、野球よりも球団の経営上のニュースが多い。企業は誰のものか?。どうやら資本家や投資家のものだと言うことが露骨に表れてきている。さながら戦国時代のようだ。一夜にして領主が変わる。領民は権力者の前で無き寝入り。現代は、お金が天下を取ったのだから仕方が無い。マネーゲームに翻弄される。マネーゲームに直接参加していない、田舎にいても影響は大きい。国のマネーゲームの政策で、今月で熊野川町も合併した。あっという間にマネー切り捨ての政策が実行されている。田舎はスピードを上げ壊死していくだろう。逆風に帆を張る腕の見せ所と思えば面白い時代が来た。

10.17 近所の土蔵
  今日も昨夜からの雨。今月3日に菜の花を蒔いてから雨続き。畑が乾く暇が無い。菜の花も台風が近づいて来るし一寸心配である。午後近所のおばさんから、古い農機具は要らないかと電話があった。行ってみると土蔵が傾いてきたので壊すために、中の物を整理していた。土蔵の中を見せてもらったが、中味よりも建築材に目がいった。昔の材料は凄いものを使用している。出来れば移築したいと思ったが難しい。今ではお金を出しても、手に入らないような材ばかりである。土蔵は木と竹と土で出来ている。日本には素晴らしい建築の知恵と技術がある。ものを生かして使う知恵と、ものを大事にする思いが込められている。同じ木でも硬さや、粘りが違う。一軒の家に松、欅、杉,桧など適材適所に使われている。
 100年かけて育った木は100年もつと言われている。木を大事に育てて、家を大事に100年、200年と長く使う。お米を大事に育てて、ありがたくいただく。日本の文化には命を大事に生かす、生きた知恵と工夫がある。【使い捨て】の風潮は大いに反省し改める必要がある。最近の家は2、30年で建てかえると言う。ローンを払い終えた頃には、身も心も家もガタガタになるようだ。ものだけでなく、人間も使い捨てにしているように思う。”ものを生かすことは自分を生かすこと、ものを無駄にするのは自分を粗末にすること”。こんな思いを大事に日々生活していこうと思っている。


10.16 土釜の屋根
  久しぶりの晴れ。足も仕事には差し支えないほど回復した。家のパン窯の屋根を作り始めた。丸太で骨組みは出来たので、屋根に使う竹を切り出し、半分に割り、節取りをした。家のパン窯は、保温と防水を兼ねて、窯の上に直接瓦を乗せた。計算ではこれで問題は無いはずだったが、実際は雨の後、窯がなんとなく湿っぽい感じがする。窯も土の塊なので、これから冬を迎えた時のことを考え、竹で雨を防ぐことにした。寒いときに土が充分乾燥していないと、土の中の水分が凍結と凍解を繰り返し、土の粘りが無くなり、崩れる可能性があるからである。計算と現実では、現実問題が優先される。気が付いてみれば当たり前のことである。経験を通して得たことは確かなことである。
  旧敷屋小学校の校庭に作った土窯はしっかり屋根を架けてあるので問題は無い。まだ細かいところの仕上げが残っているので完成は11月になる予定。完成後の活用計画を思案中である。


10.14 長嶋と野村
  2m先でとぐろを巻いているマムシと目が合った。一瞬躊躇したがクワで頭を押さえ生け捕りにした。近所のおじさんが欲しがっていたのを思い出し届けた。マムシの数も減ったようだ。原因は猪が食べるからだと古老が話していた。猪が増えてマムシが減る。どっちがいいのかな、、、、。
 マムシと言えば最近は都会でも出るらしい。なんとかファンドとか、なんとか天など、会社から見ればマムシのようなものだろう。突然草むらから飛び出し噛み付く。噛み付かれたら致命傷にもなりかねない。彼らは今日も獲物を探し牙を研いでいる。マムシ予備軍も一杯いるだろう。しかし問題なのはマムシではなく、背後にいる大蛇である。マムシにかまれ慌てふためいている姿を、笑いながら見ているだろう。日本も大蛇に飲み込まれないように、気をつけることである。
 プロ野球楽天と監督候補の野村と、契約でもめているニュースを読んだ。マムシと狸の絡み合いのようだ。野村を監督候補にするオーナーも、野球を金儲けの手段としてしか考えていないようだ。阪神も野球以外のことでニュースになっている。これでは野球人気は益々減退するだろう。
  野球ファンの一人として寂しく思う。長島と野村。良く比較される。自分は長島ファンである。長島は来た球を思いっきり打つ。そのために自分の心身と技術をひたすら鍛える。それも人の見ていないところで必死の努力を積み重ねる。そこには対戦相手を認める暖かさがあり、敗北を認める潔さがある。野村は対戦相手の弱点を調べ駆け引きをし、相手に勝とうとする。相手の非を責め、負けたときには、もっともらしい理屈を並べる。捕手というポジションが育てたものなのか。西武の森監督も捕手で同じようなタイプであった。2人は監督として勝つことには成功したが、野球をつまらなくした。野球に妙な屁理屈と陰険な駆け引きを持ち込んだ。長島と野村。人間の陽と陰。長嶋はファンを喜ばすために努力を惜しまない。野村は勝つために努力をする。長島は病に倒れ、野村は監督に復帰しようとしている。楽天のオーナーも野村のそんな生き方と相通じるものがあるのだろう。ファンが求めているのは長島の回復であり、野村の復帰ではない。
  人間生きるためにはお金も必要だし、欲しいと思う。しかし節度を越えたら汚くなるし、いやらしくなる。せいぜいマムシに気をつけ小麦を蒔く準備をしよう。

10 12 人心乱れるが故に・・・
  足の故障と雨続きのため1週間ぶりの農作業。季節は秋。同じ作業でも汗の量が違う。汗が秋の風に吹かれて気持ちが良い。畑を見ると数珠玉を何ものかが食べた後がある。猪だと思うが昨年まではそんなことは無かった。少なくとも私の畑では無かった。山に餌が無いのか、食べてみたら美味しかったのか。進化なのか退化なのか、確実に変化している。自然界も人間の心も変化がスピードアップしている。最近の報道を見るにつけ「人心乱れるが故に天また乱れる」この言葉を痛感している。
 何故人心がここまで乱れてしまったのか。日本だけでなく世界的にみても同じ事が言える。国により事情は違うが、人類共通の問題でもある。もっとも今に始まったことではない。人類の歴史が始まったときから罪の根はあったのだろう。人間の生きる本能として欲望は備わっている。欲望の使い方により人が人を傷つけ殺すことも出来、人を思いやり、生かすことも出来る。人類のことを憂いたり、世界のことを心配したりしたところで所詮他人事で終わる。要は自分のことを知り、修めるようにすることしかできない。日々の思いと言動に気をつけて生きることしか出来ない。反省してみれば恥ずかしいことが多い。こんなことを書いたりしているようでは、畑を荒らしている猪と同類のような気になる。猪に怒られそうだな。


10.10 千客万来・パン窯の普及
  今日も一日中雨。足がまだ少し痛いので休養には好都合である。朝から来客が多かった。数えてみたら6組10人のお客だった。内2人宿泊。特別何を話すわけでもないが時間が流れていく。、今日の2組はパン窯を作りたいので窯を見に来た。解る範囲の話をし、パン窯の楽しさを伝えた。1組は直ぐに準備を始めると、はりっきて帰っていった。レンガやキャスタブルセメントで作る人はあるが、赤土で作るのはめったに無いと思う。少なくとも私の情報網には無い。赤土で作ることにより、自然のものをそのまま生かす先人の知恵を伝えたいと思う。土ならば壊しても廃棄物は出ない。廃棄物の出ないもので衣食住を賄ってきた、日本人の知恵を実践することが持続可能な循環型社会である。ことさらに新しいものを研究開発することよりも、先人の経験と知恵を学ぶ方が確かなものを得ることが出来る。赤土のパン窯と小麦の栽培が多くの、確かなものを教えてくれる。
 昔の小学校の校庭には二宮金次郎の像が必ず建っていた。これからは校庭にパン窯を設置したらいいと思う。薪の作り方を通して、刃物の使い方と、火の使い方を学ぶことが出来る。人間の生活の原点である。都会の学校では無理があるが、地方の学校には是非設置したらいいと思っている。川原家とセットだとなお良い。旧敷屋小学校には両方とも用意できた。これからどんな縁が出来ていくのか楽しみである。
私の道楽も何時か実を結ぶこともあるかも、、、、。


10.8 故障休養・キレル子供たち
3日前に左膝の後ろのあたりでギックと音がした。歩くことは出来るが力を入れると痛い。天気も雨模様で作業が出来ないので休みにする。忘れた頃に、ケガとまではいかないが小さな故障がある。体を休めろという信号だと、自分勝手に都合の良い様に解釈している。肉体は確実に下り坂である。現実として受け入れ、用心するしかない。
 今日は朝から来客が何組もあり、一日中座っていた。当然色々な話題になる。最近キレル小学生が多いと言う話題にもなった。少し前の新聞でもそんな記事を読んだことがあるし、知人の孫が近所の公立小学校が問題なので、遠くの大学付属小学校に通学しているとも聞いたことがある。原因は複合的なことであり単純なことは言えないが、根本は経済中心の競争社会にあると思う。単純な一面的な価値観で全てを決め付けてしまう。勝ち組、負け組みという枠の中に押し込めてしまう、大人の価値観に対する子供たちの精一杯の抵抗であり、抗議だと思う。子供は大人の鏡。大人の一人とし反省することが多い。

10 3 菜の花・田舎インターンンシップ
 午前中菜の花の種を蒔く。種を蒔くときは何時も不安と期待が交錯する。どちらかと言えば不安と心配の方が強い。昨年は台風の為に何回も蒔き直しをしたことなどを思い出した.百姓は自然の恵みがなければ生きてはいけない。願わくば順調に成長するように祈るだけである。作付面積は例年より大分少なくした。基本的に自給程度にした。作付面積を少なくしても農作業が軽減される訳でもないが、気分の問題である。こんな勝手気ままなことが出来るのが、百姓の良いところだと解釈している。これが農業経営をしていたら、そんなことは死活問題になる。財産も無いが、借金も無い水のみ百姓の強みである。お金を中心にした価値観で、生きたく無い馬鹿な生き方である。貧乏人のひがみと言うのかもしれないが、、、、。
 11月に田舎インターンシップを企画している。8月には学生を対象にしたが、今回は一般を対象にしている。似たような田舎暮らしに関する企画は全国的にある。大体が自治体がらみの企画のようだ。共育学舎では大学との共同企画で実施する。プログラムの内容は問題ないが、一番考えたのは料金の問題である。2泊3日程度だと2万円程度が相場のようである。そんなことも承知の上で4万円に設定した。決めた後で周りの意見を聞いてみれば、高すぎるので参加者は無いだろうという。私も内心そう思う一方で、自分のすることを、お金に換算し、考えてしまうバカバカしさに笑ってしまう。お金に縛られたくない、左右されたくないと思いながら、結局はお金に縛られ左右されてしまう自分がある。
  価格には何の根拠も無い。元々価値など無いものに価値を勝手に付けるだけの事である。自分のことであれば比較的簡単に割り切ることは出来るが、他人が関係すると、どうしてもまだ余計なことを考えてしまう自分がある。何か行動を起こすことは自分に傷をつけ、他人にも傷をつける結果になることがある。それを承知で、行動を起こす自分かある。これを宿業というのか?、、、、。
気が付いてみれば熊野川町は1日付けで新宮市に合併し、新宮市熊野川町になった。町民には何の挨拶も無く、市民にも何の連絡も無い。善良な市民は黙って税金だけ払い続けるだけの構図のようである。

10.1 パン窯の火入れ
 もう10月か。月の初めに思うことは何時も同じこと。こんな繰り返しで歳を取り、病に倒れ、旅立っていくことになる。
昨晩、大学の教員学生11名が宿泊していった。パン窯に火を入れ祝杯をあげた。火の周りには人が集まり、心を和ませてくれるものがある。食べ物も美味しく感じる。木を燃やした時の炎とガスや石油の炎とは全く違うものである。木には自然のぬくもりがあり、臭いがあり、味がある。学生もそれぞれに何かを感じて帰ったと思う。多少苦労もしたが、パン窯を作って本当に良かったと感謝している。これから共育学舎の中心として、多くの人に存在感を示してくれることだろう。
 火と刃物を使うことが人間の人間らしさだと思う。ものは使いようで薬にも毒にもなる。火と刃物を生かして使う先人の知恵を学び、伝えていきたいと考えている。


9.27 学生懸賞論文
 今年も懸賞論文を募集する季節になった。昨年は学生を対象としたが、今年は30歳までの若者を対象にする事にした。田舎の百姓のオッサンのやることに何人の応募があるのか楽しみである。こんな企画が出来るのも周りにいる、優秀なブレーンのお陰である。人の繋がりは不思議なものであり、あり難いものである。
 先日大学生6人が1泊2日で来た。同じゼミ生で学生同士の親睦を深める目的だという。皆真面目な若者であった。こんな田舎は初めてだと言っていた。どんな動機でもいいから、若者が田舎に足を踏み入れ関心を持ってもらいたいと願っている。
 若者といえば新しい衆議院議員の言動が話題になっている。彼の言動を詳しくは知らないが、今回の選挙の実態を象徴しているように思う。恥知らずの親分が、恥知らずの子分を集めた結果である。ただ子分の方が自分の気持ちを正直に話しただけである。中味は親分も兄貴分も一緒だろう。昔から子供を見れば親が解ると言う。子分を見れば親分が解る。
 パン窯の完成もまじかである。30日には、窯作りに参加した学生が来るという。それまでには火を入れられるようにと作業をしている。火を見ながらどんな話題に花が咲くのか楽しみである。校庭で作業をしていると近所のお年寄りが監督に来る。色々と面白い話を聞くことが出来る。先日も1回怒ると3秒寿命が縮む。早死にしたい奴は怒ればいいと言っていた。自分は何年分寿命を縮めたのか。笑って長生きをしたいものである。でも長生き恥の元とも言うしなぁ、、、、。


9.22 奇形の鮎
  2回目の鮎かけに行った。1回目は5匹だったが2回目は18匹獲れた。終わった後で鮎を並べてよく見ると奇形が7匹いた。原因は地元の人に聞いても解らない。養殖の稚魚を放流しているので、その辺に原因があるのかと思うが、確証はない。以前ハマチの養殖場では奇形が多いと聞いたことがある。
  養殖業者は自分の養殖した魚は食べないと聞いたこともある。農業でも自家用と出荷用では、農薬の使用料が違うこともある。何かが狂っているのは確かなことである。あまり神経質になると生きてはいけない。自分の力の及ばない事をいくら心配しても仕方が無い。自分の出来る範囲で気をつけることしか出来ないのが現実である。

9.20 時間の換金
  旧敷屋小の校庭に建設中の土窯も2回目の土を塗り乾燥中である。屋根を架けるための材料を集めている。基本的に自然のものでと考えている。柱は間伐材を丸太のまま組み立て、屋根は竹で葺く予定。間伐材はある程度乾燥したものを知人から頂いた。竹は今頃切れば虫が入らず長持ちするので切り出し始めている。屋根はトタンのような人工的なものにすれば、手間はかからないが、材料費がかかる。竹にすれば切り出し、半割りにし、節を取り、太さを合わせる手間はかかるが、現金は無くてもよい。自分の時間を一旦換金し、賃金でものを買うか、時間をそのまま使うかである。
  現代社会は、自分の時間を一旦換金しないことには、生きられないと教育をされ、盲信している。自ら志願し、お金の為に時間を売っている人が多い。百姓の面白さは自分の時間を自分で使えることである。自由であり、自在であると自惚れ、自己満足をし、現金収入の少ない生活を、工夫をしながら味わっている。


9.17 行政の横文字・鮎かき
  先日「シーニックバイウエイ」という言葉を行政から説明を受けた。なんでもアメリカで始まり、日本でも真似をして、国交省が始めた事業の名前だと言う。内容はともかく、行政が、やたらと横文字を使うのは何とかならないのか。日本はアメリカの植民地か?、、、。そう考えれば納得も出来るが、、、。
 鮎取りの名人から誘われて一緒に川に行った。道具は直径3cm、長さ2mの竹の先に直径40cmの網の付いたタモだけである。浅瀬に入りタモを入れ2,3分待つ。これを繰り上流に歩いて行く。さすが名人,面白いように鮎が取れる。私は教えてもらいながら5匹の漁獲だった。要は鮎の通り道が解れば良いだけのことである。理屈ではなく経験と勘である。単純なだけに奥が深い。お陰で川の楽しみが一つ増えた。感謝。

9 12 逆風に帆をはる
  衆議院選挙も終わった。といっても選挙中も宣伝カーが来るでなし、なんの選挙活動も無かった。都市部に住む人たちを対象にした選挙だから、田舎のことなどどうでもいい様である。ただ一票は投じた。民主主義は数であり、どうしても少数意見は無視される。田舎には益々逆風が吹き荒れるだろう。数も大事だが中実はもっと大事なことだと思う。事の良し悪しを考え、行動する力を身につけることが、自分のためだと思っている。逆風に帆を張る知恵が求められている。中央で利権に群がり、欲の皮のつっぱった人間を当てにしても無駄である。それにしても小泉さんの人相良いとは言えないなぁ、、、、、。
自分は残暑厳しい中で草を刈り、土作りに精を出すだけである。


9 10 女性のためのカヌースクール 
  女性を対象にしたカヌースクールを開催した。参加者は20代から40代の5名。台風の影響で熊野川本流は増水と濁りのため出来ないので、支流の赤木川で漕いだ。午前中は基本練習をし、午後は川下り。少し難しい瀬もあったが、スリルを楽しんだ。男性と比べ女性は強引な漕ぎ方をしないので、バランスを崩すことが少なく上達が早いように思う。赤木川はダムが無いので増水しても直ぐに水が綺麗になる。それに比べて熊野川はダムがあり、放水するので一度濁ると綺麗な水に戻るのに時間がかかる。最近は鮎の奇形が多いという。自然は赤信号を発している。カヌーで川を下ると色々なことが見えてくる。多くの人が自然に触れ、考えるキッカケになればと願っている。


9 6 山と川と合併と
 大型の台風が接近してきている。被害が無ければ良いがと思うが、どうすることもできない。何を心配するのかは各自の関心のありかによって違う。昭和30年代から日本人は山里から離れだした。当然のことながら山仕事に従事する人も激減した。一方でゴルフ場やリゾート地として、開発の名の元で短期間で自然を破壊した。治水の名の元では、ダムを作り、自然の川の流れをコンクリートで変えてきた。これから日本人は、このツケを払って行かなければならない。今回の台風でも風倒木と山崩れが、相当出ると思う。今は山の中のことだから、多くの人にとって無関心でいられる。山が荒れると、水が無くなり、人は住めなくなる。このことは人類の歴史が証明している。
 熊野川も、川の古道として世界遺産に登録された。毎日のように熊野川を見ているが、年々水量が減っている。地元の古老に聞いても今までこんなことはなかったと言う。すでに深刻な事態を迎えている。そんな中で地元の行政は、税金で和船を作り、語り部を付け、観光客に熊野の自然を堪能してもらおうと事業を始めた。税金の使い方が違うように思うが、わたしの偏見だろうか。中央もボケているが、それに負けずに、地方も相当ボケている。もちろん私もその中の一人である事には間違いがない。
  人口2千人の熊野川町も人口3万3千人の新宮市と、10月1日に「対等」合併する。「対等」がむなしく響く。
民主主義という名の元に少数意見は抹殺されていく。地方の地方、一番山に近いところが切り捨てられていく。ものには順序がある。最初のボタンを掛け違えている。優先順位が狂っているように思えてならない。

9.4  友人の結婚
  昨日は仲間とカヌーをした。当然のことながらカヌーの楽しみ方も人それぞれである。10日には女性を中心にしたカヌースクールを企画している。女性のインストラクターが、何人か育ってくれたらと願っている。
  今朝、私の家に良く遊びに来る知人から、結婚が決まりましたと電話があった。なんでも中学時代の同級生で、10数年ぶりに再会し、結婚に至ったそうだ。彼は東京からのIターン。何はともあれ田舎に、若い夫婦が誕生することは良いことだ。あとは勝手に幸せになってくれたらそれでいい。


9.1 小麦と菜種の作付けを前に
  9月になり風の香りに秋の気配を感じるが、日中はまだまだ夏である。今月は小麦と菜の花の作付けの準備が始まる。今年の作付けはどうしようかと草刈り機を回しながら思案する。昨年は台風のため何回も種の蒔き直しをしたことを思い出す。今年は台風も少ないので1回で済んでくれたらと願う。いずれにしても農業は、お天道様に味方をしてもらうしかない。お天道様の逆鱗に触れないように気をつけよう。来年の豊作を祈り自分の出来ることをして行くだけである。


8 30 郵政よりも農政
 久しぶりに畑の草刈りをする。約1ヵ月半放置した結果、草は見事に成長している。所々猪が耕してある。どうせなら隅から隅まで耕してくれたら良いのにと思うが、、、、、。私は化学肥料は使用しないので,成長した草が貴重な有機肥料になる。暫くは草刈り三昧である。草刈り機も半日も使っていると、手がしびれてくる。かといって鎌で刈るには広すぎるし、仕方がないと思っている。自分の体力と栽培面積を考えると機械無しには出来ない。機械に助けてもらっているのも確かな現実である。
  それにしても、農機具は何故こんなに高いのかと思う。例えばトラクターは数百万円はする。年間稼動するのは数日間である。私の住んでいる集落では1台あれば充分間に合う農地面積である。それが各家で新品のトラクターを倉庫に大事に保管してある。私の所有する農機具は少ない方である。それでも全てを新品に換算すれば5百万円は楽に越えている。経済とは不思議な生き物である。人間の心をどんどん侵略してくる。倉庫の肥やしをどんどん増やしていく。農機具の性能は日進月歩しているのに、放棄される農地は比例して増えている。
  衆議院選挙が告示されたが、郵政だ年金だとは言うが、農政の、"の"の字も出てこない。出来ることならば頭の一つも張り飛ばし、目を覚ませと水の一杯も掛けてやりたい。人間は空気と食べ物が無ければ生きていけない。空気を生産するのが山林であり、食糧を生産するのは農地である。現在の日本では、大事な山林と農地が放棄され続けている。命の源である「田舎」が捨てられ続けている。欧米では、国により形は違うが農業を手厚く保護している。食糧の大切さを知っているからである。それが国家戦略であり、食糧自給率に表れている。日本人も、もうそろそろ何が大事なのか、理解しても良い頃だと思うが、、、。

8 29 ご近所の元気な夫婦
  近所に2人合わせて160歳を超える元気なご夫婦が農業の現役でいる。実によく働く。見ていて仕事が綺麗で速い。何時も家の周りも、畑も綺麗に手入れがされている。余計なことはしないで、夫婦で農業に専念している。一昔前までは、田舎にはこんな夫婦が大勢いて、山林も農地も綺麗に守られていた。今は高齢化のため、山林も農地も放棄され荒廃が進んでいる。なんとか歯止めを掛けなければと思うが、自分の力ではどうすることも、出来ないのが現実である。微力ながら自分の出来ることを、積み重ねていくことしか出来ない。

8.28 学生たちとの5泊6日
  22日〜27日まで5泊6日の「学生田舎インターンシップ」も無事終了。参加者は学生計22名。教員1名。地元から3名。この1週間は朝から晩(深夜)までよく食べ、飲み、話した。参加者が何を感じ、何を学んで帰っていったのかは、私には解らない。各自持っている感性で何かを掴んだ事だと思う。今すぐ役に立たないこともあり、学業の評価には反映されないこともあると思う。
  人生に無駄と言うことは無い。経験したことは本人の気がつかないところで血となり、肉になるだろうと思う。同じ屋根の下で、同じ釜の飯を食べるのも3日という壁がある。昔から3日3月3年と言うが確かに3日を超えると一皮むける感じがする。3日坊主ではダメのようである。思えば今月は畑仕事を殆どしていない。これからは秋蒔き野菜の準備にかかる予定。


2005.8.19 私の道楽
  2基目の赤土の窯を作る準備をしている。22日から「学生田舎インターンシップ」を5泊6日で実施するので、そのプログラムの一つとして企画している。場所は旧敷屋小学校。我が家の1号基より、大きく本格的なものを設計し準備している。完成後にはいろいろな形での利用を考えている。川原屋(簡易組み立て式家屋 16u)も1軒目は完成した。2軒目をどうしようか思案中である。
  パン釜も川原屋も見た人はそれなりに興味を示す。なによりも私が一番興味があり楽しんでいる。私の道楽である。私の人生そのものが道楽のようなものである。何にもならないことに、身銭を切って時間とエネルギーを掛けている。ささやかな自己満足である。そんな生き方に自分が納得しているので、それで良い。
  午後は仲間とカヌーをした。上級者から、かなり高度のテクニックの教えを受けた。簡単にはマスターできないが、高度なテクニックを見るだけでも勉強になる。カヌーも何時の間にか、16艇も所有するようになった。共育学舎も少しずつではあるが形が整ってきているように感じている。


2005.815 8月15日に思う
 今年も8月15日がやってきた。私は戦後の生まれであるから戦争の体験は無い。今朝のNHKラジオは「太平洋戦争・・・」とニュースを伝えていた。これは明らかな事実誤認である。「太平洋戦争」はアメリカの戦争であり、日本は「大東亜戦争」をしたのである。自分のしたことを忘れ、他人の立場からものを見る。これでは本質的なことは見えてこない。戦後日本人が失ったものを表す象徴的な言葉であると思う。もう一度日本は、なぜ「大東亜戦争」をしたのかを、日本の立場で検証する必要がある。それが日本の歴史認識である。各国それぞれに立場があり、国益がある。戦争に踏み込まなければならない理由がある。その時の事情は事実として伝えればいい。事実の中から生まれた反省が本当の反省である。他国から言われたからとか、他国の感情に配慮してとか、そんなのは反省ではない。戦後の日本は反省と卑屈になることを混同している。反省は謙虚な態度と行動になるが、卑屈は傲慢な態度と行動になる。
 戦後の日本は「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」経済的な発展をした。これからの日本は「足るを知り」命と生活のバランスを保つような発展を心がけた方がいいと思う。現実は経済的な利益を上げることに血眼になっている。そんな流れにNOと言っている多くの若者がいる。ニートと呼ばれている若者である。彼らとどう向き合うか?
 今後の日本の方向性、日本人の精神が見えてくる。彼らを社会の落伍者と見るか、社会に警鐘を鳴らしている貴重な存在と見るか。私は後者と受け止めている。ひとり一人事情は違うだろうが、彼らの心の叫びに耳を傾け反省することが大事なことだと考えている。50万人を超える若者(ニート)がいることは個人レベルの問題ではなく、社会的構造の問題であり、日本人として共通の問題である。
少しの勇気をもって、人間として個性が違うことを受け入れたらいいと思う。皆が一緒、皆と同じと言う呪縛を取り除いたら良い。理性で理解していることを、感情でも、現実の生き方でも受け入れたら良い。色々な考え方、生き方を認め受け入れることが、豊かな社会であり、文化だと言うことに、気がついたらそれで解決できる。私はこの程度の人間ですと、自らの分を知り等身大で生きたらそれで良い。「足るを知る」為には先ず自分を知る努力から始まる。何時も自分を確認することが大事だと思っている。
 小泉首相は今日靖国神社への参拝を見合わせたとも伝えていた。日本は信念のない政治家を首相として指名している。強いものにはへつらうが、弱いものには容赦をしない。現代の日本人の精神を象徴しているように思う。外国に対しては自分の意見を主張できない。そればかりか、平気で妥協するし、服従もする。立場の弱いものが自分の意見に反対を唱えれば存在自体を抹消しようと必死に策を弄する。今回の衆議院解散が良い例である。反対する人たちを説得できない、自分の政治家としての力不足を反省せず、相手を非難し、弱みに付け込み解散する。権力の悪用である。
 たまたま一つの政策に対する意見が違っただけである。時間をかけて話し合えば良い。それが民主主義ではないのか。なぜ昨日までの仲間に刺客を向けるのか。世間知らずで、情け知らずな偏狭な考えだと思う。信念の使い方を勘違いしている。国民の生命財産を守る政策には腰砕けで、自分の名利を守るためには殺されてもいいと言う。殺されてもいいという事は殺してもいいという事である。自分の気に入らないものは殺しても良い。何処かの国の大統領から指導されているのか。立場の弱い国民は殺されたも同然である。死ぬのは仕方が無いが、殺されるのは御免である。今も政府の無策により、経済戦争で何人が殺され続けているのか。一寸の虫にも五分の魂。我が魂は我で護る。そんな気概だけは、命と共に大事にしたいものである。それが今生きるものの責任であり、戦争の犠牲者に報いる道であると信じている。


2005.8.14 外国人との別れと期待
  私の家に住んでいたドイツ人が引越しをする事になった。日本人女性と結婚する為である。彼は田舎で農業をしながら、仏教の勉強をしたいと私のところに来た。彼女と私の家で出会い恋に落ちた。彼は田舎での生活を望んでいたが、彼女は田舎での暮らしはNOと言い、結局彼女の家の近くに引越しすることになった。月に20万前後の生活費になるので、ドイツ語の教師をすると言う。2人が相談して決めたことだからそれでいいのだろう。
 数日前にアメリカ人の英語教師が3年の任期を終え帰国した。9月からアフリカのモザンビークに英語の教師として行くことが決まっている。彼には大変お世話になったし、いろいろな話もした。彼の夢は世界平和だという。そんな気持ちは良く理解できる。何れ夢と現実の狭間で悩み苦しむ時も来るだろうと思う。それまでは夢に向かって邁進したらいいと思う。最近では珍しい青年だと思う。再会したときにどんな話になるのか楽しみである。

2005.813 輪の温度差
 防災合宿が終わり、地元でお世話になった人の挨拶回りも、後数人を残すだけになった。そんな中で、合宿中のお前の態度が気に入らないとのクレームがあった。これはひとえに私の不徳の致すところであり、弁解の余地は無い。今回の合宿は、立場も考えも違う寄せ集めの40数名が、避難所を想定し生活した。想定が想定なだけに主催者サイドもぶっつけ本番に近い形でスタートした。三者の共催ということもあり、スタッフにも温度差がありチグハグなところもあった。普段の共育学舎のイヴェントとは訳が違う。準備不足も手違いもあったのは確かである。人それぞれに同じものを見ても受け止め方は違う。謝罪を求められたがあえて弁明も、反論も、謝罪もしなかった。お礼の気持ちだけは渡した。一つ得れば一つ失う。私の小さな器は常に満杯のようである。
 夜には花火大会を見物に出かけた。夏のひと時を何も考えず、ビールを飲みながら楽しんで来た。

2005.8.12 防災合宿
  9日からの2泊3日の防災キャンプも無事終了した。参加者は約40名。厳しい暑さの中での貴重な体験だった。被災した時、避難所での生活は山間地と市街地では事情は違うが、共通していえることは知識と経験のある優れたリーダーの存在である。リーダーの力量により、避難所での生活は大きく変わるだろうと思う。2時災害を防ぎ、復興を早めるのも人の力である。地域に正しい知識と経験を積み重ねた人材を、どのように、何人育てることが出来るのかが、今後の課題である。
  今回の防災合宿は、行政、大学、企業、地域住民が協力し、リーダーを育てるための第一歩であったと思う。避難所での生活は、トラブルの連続になるだろうが、それは問題ではない。トラブルを最小限度に治める事のできるリーダーがいれば、問題を建設的な方向に結びつけることが出来る。突き詰めれば日常での生き方、考え方の問題である。自分も腹を据えて生きているだろうか?トラブルを未然に防ぎ、起きてしまったときには、最小限度に治めるような努力をしているだろうか?。ほとんどのトラブルの原因は好意であり、問題を大きくするのは感情の問題である。好意と感情の使い方に気をつけているだろうか?。自分の思いとは別に、他人の好意と感情を無視したり、傷つけていることが多いだろうと思う。
  今回の合宿でも思い当てる事が幾つもある。私の50代の課題は他人との人間関係をどうするのかである。課題を解決するのには道のりは遠いなぁ。


2005 8 8 レスキュー合宿・防災合宿
  5日から7日まで2泊3日でレスキュー3の合宿講座。川でのレスキューのプロを呼んで座学と川での実践訓練。最後に試験があり認定書を受け取る。命を懸けた訓練だから、訓練とはいえ講師も参加者も真剣に取り組んだ。事故が起きた後で救助することの難しさを実感した。いかに事故を未然に防ぐかの安全管理の大切さが理解できた。自分の人生観とも一致する。具体的な技術については、これから実践的な練習を積み重ね、自分のものにしていきたいと思う。
 明日からは2泊3日の防災合宿。共育学舎と和歌山大と三重大との共催。避難所生活を想定した研究と訓練。40数名が参加予定。どんなハプニングが起きるのか。安全第一で取り組む考えである。


2005.8.3 少数精鋭
  思えば熊野に移り住んでから色々な事を企画し実行してきた。色々な人とめぐり合い、お世話になってきた。参加者が2000人を超えるイベントから参加者が数人のカヌースクールまであった。これから企画することは小規模で良いと思っている。基本は一対一の関係でいい。気持ちの通じる人との関係を大事にしていきたい。間口を広げると無駄な時間と、エネルギーを消耗するだけである。そればかりか、自分も消耗してしまう。これから先いくつかはすでに企画済みのものもある。
 それは仕方が無いとして、来年からは「少数精鋭」でいくことにする。精鋭の中に自分が含まれないなぁ・・・・。どうしよう。自己本位でいくことにしよう。自分が企画し実行することだからそれでいい。自分の人生だから自分の考え、思いに従ったらそれでいい。


2005.8,1 お金はなくても生きられる 
 2泊3日のカヌースクールも無事終了。参加者にとっては中身の濃い、満足度の高いものになったと思う。そのぶんスタッフに負荷が掛かったのは、今後の反省材料であり、課題である。今回は家内も受講生として参加した。何が気に入ったのかとても喜んでいた。夫婦2人で川下りを楽しむことも出来そうである。
  今回の受講生に地方議員がいた。政治的な話にもなったが、しっかり勉強し地域のために働いてもらいたいものである。日本の政治状況は民主主義とは名ばかりで、民意が反映されているとは思われない。国民は目に見えない鎖に繋がれている。お金が無ければ生きていけない、生きるためには賃金労働をするしかないと教育されている。少しでも異を唱えれば、袋叩きに合う。会社を首になったら首を吊らなければならない状況に追い込まれてしまう。年間何人の善良な国民が自殺するのか。自殺しないまでも苦しい状況に追い込まれている人が何人いるのか。人間はお金が無くても生きていける。賃金労働も大事だが全てではない。お金を盲信することから目を開けたら気が楽になる。お金が無ければ無いように生き、有れば有るように生きればいい。お金に使われるのでなく、お金を使えばいい。自分が生きているのは、社会や会社のためではない。ましてお金のためではない。命あるかぎり生きるだけのことである。


2005.7.28   妻の誕生日・会議と自分
  暑さのせいか、疲れのせいか午前中は何もせず家にいる。家内は車の免許更新のため留守。家内が出かけるときに、誕生日だからすしでも買って来て、ワインで乾杯と言っていた。ワインはフランス人のお土産である。家内も何歳になるのだろうか。赤の他人が同じ屋根の下で暮らし、何年になるだろうか。お互いが影響を受けながら生活している。この先何年続くだろうか。昼に知人が訪ねてきたがお茶と菓子だけ出した。夕方精米と、小麦の製粉をした。
  明日からは2泊3日のカヌースクール。うっかりダブルブッキングで30日の夕方と31日午前中には会議が入っている。会議といえば昨日の午後も会議だった。私は会議は嫌いである。会議に出るたびに嫌いになる。立場が違えば考えることも、見えることも違う。会議をしなければまとまらないようなことは、会議をしてもまとまらない。自分のように我の強い人間は会議には不向きである。周りに迷惑を掛けることになる。ここ数年は誘われれば断らないでいたが、今日からは先ず、断ることに決定。改まって会議を開かなければ出来ないことには、参加しないことにする。それが身のためである。


2005 7 26 フランスからの客
  フランスから2組8名が3泊4日滞在し、色々と話をする機会があった。文化の違いと言ってしまえば、それまでだが参考になることが沢山あった。8歳から12歳までの子供4人が可愛かった。子供は何処の国の子でも同じように見える。人間は生まれ持ったものは同じようなものであっても、育つ環境からの影響が大きいようだ。
  フランス人の大人との話の中で受けた印象は、美とか味には強いこだわりがあるようだった。美しいもの、美味しいものにはお金を惜しみなく使うが、それ以外の節約できることは、徹底して節約をするようでもあった。例えば彼らが持参したワインを開けた時、一口飲んでこれは味が違うと流しに捨ててしまった。なんでも途中の管理が悪いからと言っていた。次にあけたのは、これは美味しいと飲んでいた。なにも捨てないで置いといてくれたら、後で飲んだのにと思ったが何も言わなかった。
  聞けばエアーフランスの、ファーストクラスで出すワインだそうだ。1組の夫婦はエアーフランスのチーフパーサーをしていると言っていた。大阪から東京に行くのに、新幹線は高いから夜行バスで行くそうだ。食事も外食はしないで自炊をしていた。ホテルは高いから民宿に泊まるとも言っていた。私のところに訪ねてきたのも納得した。それと言葉が豊富というか多い。一つ質問をすると長い説明が返ってくる。共通の言葉で議論したら面白いと思った。しかし、出来れば一言で済ませたいと思っている自分など、直に面倒くさくなるだろう。楽しく、刺激的な時間を経験できたことに感謝。私もフランスに行ってみようか。日本酒を持って。
 24日には敷屋小学校で、アメリカ人英語教師が帰国するので、ありがとうパーティがあった。彼の友人の外国人英語教師も10数名参加した。それにフランス人と私の知り合いのドイツ人も参加し、外国人が20名を超えた。おそらく、敷屋小の歴史の中でこれだけ外国人が一同に集まったのは初めてだと思う。国際化が叫ばれているが一体何の事なのか解らない。縁有って出会った人とは仲良くしたいものである。言葉や国籍の問題よりも、最後は人間性の問題であると思う。

2005.722 紐を結べない子どもたち
   熊野川小学校の関係で大阪の小学生50名とカヌーをする。子供たちはそれなりに、カヌーを楽しんでいた。一つ気になることがあった。地元の小学生もそうだったが、ライフジャケットの紐を、自分の体に強く結ぶことが出来ない。小学校5,6年生である。この事実を、親や現場の先生たちはどう認識しているのだろうか。機会があれば聞いてみたいものである。病院にいったとき医者は患者の様子より、検査結果を見て判断する。医者はそのような教育を受けているから,何の疑問も持たずに、当然のようにそうする。教育現場でも生徒の様子より、テスト結果をみて判断しているのだろうか。親もテストの結果に一喜一憂しているのだろうか。
 自分の考え方の癖で、ついつい心配をしてしまうし、批判的に見てしまうことが多い。これは、欲が強いからである。一時無欲になりたいと願ったこともあったが、そのこと自体が欲であることに気がついて、今は気がついたら改めるように、気をつけるだけである。静かに生活をしたいと思いながら、自分で波を立てている。わかちゃいるけど同じ事を繰り返している。


2005.7.19  新しい法律・企業参入・「反経」
   朝のラジオで食育基本法が施行されたとニュースが伝えていた。この国の政治家と官僚は法律を作り、予算を計上すれば問題が解決されると考えているようだ。
最近やたらと、国民に責任を押し付けるような、法律が作られているように思う。政治家と官僚の思い違いと、思い上がりのような気がするが、私の偏見だろうか。
 今日たまたま出先で新聞を見た。企業が出資して、中高一貫教育の学校を設立したと記事が載っていた。全寮制で6年間で1500万円掛かるそうだ。国際競争に勝つエリートを育てることを目的にしているという。昔、軍人が暴走し、戦争をし国を滅ぼした。今企業家が外国と競争し国を外資に売ろうとしている。競争は勝てば驕りが、負ければ恨みが残る。どちらにしても、良い事は無い。何時の時代でも、盲信し、熱狂する人たちはいる。その熱狂に振り回されて右往左往するのは、善良な市民である。
 学校と農業に株式会社が参画できる法律が出来た時から想像できたことである。これから益々企業家が、お金を武器にやりたい放題のことをするだろう。彼らは弁護士と経理士をかかえ、政治家と官僚を見方にし、合法的にやってくる。いや、都合の良い法律を作る。反戦は解りやすいが、反径(人の経にそむく)は解りにくい。愛国教育で青年の人生を奪い、愛金教育で青年の魂を奪おう言うのだろうか。景気という風に右往左往する「一億総幽霊」である。そんな風に吹かれながらも、足を地に付けて確実に一歩一歩前進して行きたいと思う。国際競争には、最初から参戦しない。土の上に住み、食糧を生産していれば大丈夫だろう。50数年前に食料が無く、百姓に頭を下げて惨めな思いをしたことをもう忘れてしまったのか。


2005.7.18 カヌースクール無事終わる
   2泊3日のカヌースクールも無事終了。心地よい疲れが漂っている。主催者としては参加者と天候にも恵まれ、いい雰囲気の中でカヌーと交流を、楽しむ事ができたと自己満足している。夜は赤土の窯を囲み12時過ぎまで楽しい会話が弾んだ。好きなことをして、上手い食事と冷たいビールがあれば、これだけで満足である。これはあくまでも私の主観であって、参加者に聞いてみれば色々な意見はあると思う。今月末には2回目のカヌースクールを予定している。今夜は余計なことは考えずに寝ることにする。

2005 7 15 小学生とカヌー・情報は都会から
  今夜は久しぶりに来客がない。午前中は隣町の小学校の行事で5年生とカヌーをしてきた。5年生はクラスに女の子がいなく、男6名。内1名は不参加で5名。先生が3名。イントラ5名で合計13名。子供たちの第一印象は元気が無く、やる気が無い。全く楽しそうな顔をしていなかった。学校の行事だから仕方なく参加していると顔に書いてあった。初めてのことをする緊張感が、そうさせたのかもしれない。それはそれでいいと思うが、それ以上に気になったのは体の線の細さだった。しかも、自分の体にライフジャケットの紐を結ぶことが出来ない。箸より重いものを持ったことなど無いのだろう。
  田舎だから、都会だからと住む場所から受ける影響よりも、都会から発信される情報からの影響が大きいのだと思う。日本全国画一的な子供が養育されている。その枠に入りきれない子供が、引きこもり、ニートになり、もう一方では過激な行動をとるようになっていく。
 我が家には、テレビも新聞も無い。ネットも殆ど検索はしない。たまにラジオを聴くともなしにかける程度である。世の中の情報量は極めて少ない。最近ラジオからも農業、食糧、田舎などの情報が流れることがある。殆どは都市から見た考え方であり、田舎で農業に携わっている立場で聞くと、見当違いも甚だしいことが多い。頭の中で理屈をこねくり回して、もっともらしく言う。一見正しいように聞こえるが、現実に照らし合わせてみると違うことが多い。農業の経験の無いものが農業を語る。止めろとは言わないが経験がないことを自覚して話す方がいいと思う。もっとも聞くほうも、軽く聞いているだけだからお互い様か。ただ、子供たちはまともに影響を受けるから、もう少し実のある情報を提供することは、大事なことだと思う。これから子供たちが、心身ともに逞しく成長出来る環境を、出来る範囲で提供して行きたいと考えている。
 明日からは2泊3日のカヌースクールである。参加者は,7名になる予定。安全第一に考えている。天気もよさそうだし、自らの意思で参加する大人ばかりなので楽しいものになりそうな予感がする。


2005 7 14 マルチライフ・「役人」
   NPOの関係者が2泊していった。話の中で【マルチライフ】と聞きなれない言葉を聴いた。国の政策で企業や個人にボランティア活動や地域貢献をしませんか、ということらしい。なんだか解らない事に国家予算が使われているようだ。
  この国の役人はどこまで国民を馬鹿にすれば気が済むのか。ボランティアなど国から命令されてすることではない。自らの意思でするものである。役人は俺たちは天下り先で甘い汁を吸うから、お前たち庶民はボラティアでもしていろと言うことか。黒澤明監督の「悪い奴ほどよく眠る」という映画のセリフを思い出す。「奴らは人間ではない、役人だ」役人にもいろいろな人がいるのは事実だが、役人天国であることも現実である。善良な役人さんのためにも、もう少し心ある政策を立案し、実行してもらいたいと思う。そのうちに、「お前たちはお国のために戦場に行け」という日も近いように思うが、杞憂の終わることを願っている。


2005 7 11 恋愛百景・アウトロー相憐れむ
   5年ぶりぐらいに知人から電話があった。電話の声から察すると充実した生活をしているようだった。思えば彼女が旦那と恋愛中に、よく相談のような、愚痴のような、のろけのような話を聞かされた。その度に、貴女には過ぎた男性だと思うよと答えていた。2人仲良く暮らしているようで安心した。現在も私の身の回りに恋愛中のカップルが何組かいる。それぞれにドラマを見せてくれている。なかにはシングルマザーになった人もいる。出来ちゃった婚に向かっているカップルもいる。遠距離恋愛に頑張っているカップルもいる。片思いや、破局を迎えた組もある。所詮他人事だから気楽に眺めている。
 電話をくれた彼女の旦那は一流大学を中退し、当時はパチンコで食っていた。まだ24、5歳だった。話をすれば純粋な青年という印象だった。所謂ヤクザな奴ではなかった。だから見込みのある青年だと内心思っていた。卒業してサラーリーマンに、すまし顔でなった人よりも好感をもてたし、そんな生き方の方に人間的な可能性を感じていた。自分がアウトローの存在だから、そんな生き方に魅かれるし、応援をしたくなるのだろうと思う。同病相哀れむか。


2005 7 10 若年Iターンと定年Iターン 
  今春近所に大阪から移住してきた、30代の夫婦と子供2人の4人家族が訪ねてきた。家族揃って元気で安心した。Iターンでもいろいろな人がいる。年代で分けると現役で子供を育てながら働く人と、定年後の人がいる。今現在で私の知るかぎりでは、若い世代の方が多い。これからは定年後の世代が増える可能性がある。地域にとって年金生活者が増えることは、どんな影響があるのか考える必要があると思う。しかし現実は何時の間にか、気がついたら年金生活者が回りに増えているだろう。田舎は野生動物と年金生活者の住むところになりそうである。益々若者には住みにくい環境になっていくだろう。一寸心配でもある。
 日本の年金制度は破綻していることは、誰が考えても解る事実である。このままでは1億玉砕の日も近いだろう。60数年前の日本と外国との関係を思い起こしたら解るだろう。当時は武力による戦争であり、現代は経済戦争である。昔は天皇陛下のために、現代は経済のためにと教育がされている。日本は間違った教育で敗戦し、多くの大事なものを失った。戦後も間違った教育で多くの子供や青年から年寄りまで心身ともに病み、国土は荒廃している。国内だけでなく外国にも様々な影響を及ぼしてきた。その結果世界中から孤立しようとしている。何が大事なのかを見失っている。目先のお金と色気と食い気に振り回されている。1億総欲ボケである。自分もその中の一人である。自分の気持ちを整理し、しっかりと自分を見つめながら生きていこうと思う。

2005 7 9 ロンドンのテロ・大学とシンポジウム
   ロンドンで同時多発テロ。テレビが無いので映像は見ることはないが、悲惨な状況は想像できる。何時の時代でも、本当の被害者は善良な市民である。人類の歴史は何時の時代か、誰かがボタンを掛け違えてしまった。それからは努力をすればするほど、結果は悲惨なものになる。現在の経済を中心とした社会の維持、発展を、前提とした考え方では益々悲惨な結果が待っているだろう。国が滅び、人類が滅びてもいいと思う。でもその間誰が苦しむのか、悲しみの涙を流すのか。ボタンをもう一度掛け直すことは、棒で月を打つようなものだろうか。一人の人間として努力する価値はあると思うが、、、、。黙って実行するしかないだろう。自分の力の及ぶ範囲の中で。
  今秋に、大学と協同で、シンポジュウムを企画している。何処にでもある、壇上から一方的に知識を垂れ流すやり方ではなく、もう少し実のある内容にしたいと考えている。もっとも、主催するときにはパネラーを3,4人並べて、お茶を濁す程度の話に終始したほうが楽なのは事実である。しかし、そんな程度で世の中が良くなるならば、戦争も、テロも、公害もない、地上の楽園が実現しているだろう。廃校になった旧敷屋小学校を学びの場として再生するために、色々な企画を実行するが、知識と経験のバランスのとれた学舎にしたいと思う。棒で大地を打つようなものにしたいと願っている。はかない夢とは知りながら、馬鹿を承知で前を向いて歩いて行こう。


2005.7.6 同世代の友、名古屋のデパート
   4日から2泊3日で友人の見舞いのため実家に帰る。10代の頃の飲み仲間で1人は事故で頚椎損傷し、首から下が麻痺してしまった。1人は人工透析を週3日受けている。元気に毎晩飲んでいたことが昨日のように思い出される。まさに「一酔の夢」である。この年になると友人も五体満足に元気なのは少ない。生あるものは老いて、病を得て、死に至る。生きようとして生きられず、死のうとして死ねず。無常であり、無情でもある。
   帰りの途中名古屋駅のデパートに立ち寄る。人と商品の多さに疲れる。こんなに物を生産する必要があるのだろうか。誰が何のために生産し、陳列し、消費するのか。その結果誰が何を得て、何を失うのか。生があり死があるように、得るものがあれば、失うものがある。光があれば陰が出来る。今生きている日本人は、都合のいいことだけを求め過ぎるように思う。不都合も、不便も受け入れる謙虚な気持ちが不足しているように思う。不便なことも受け入れる余裕が無い様に思う。経済的な利益を求めるあまり、心の平安を失っているのが現実の姿だと思う。自分の中でバランス感覚を磨いていかないと、肝心なものを失ってしまう。用心用心。

2005 7.3 ボランティアキャンプ同窓会
 1泊2日で今春のボランティアキャンプの参加者の同窓会を開催した。子供4人と外国人3人、大人6人が参加した。普通こういう合宿はきっちりとした、スケジュールを決めると思う。私は、何も計画とか、規則は決めない。何故ならば、たまには思いっきり羽を伸ばす機会があったほうがいいと考えるからである。その時に集まった人たちの勢いに任せる。特に子供たちはこちらで用意したことよりも、自分たちで決めたことは、楽しそうに何時までも遊ぶ。夜も消灯時間など決めないと、11時過ぎまでは動き回っている。静かになるのは12時を大分過ぎてからである。朝も起床時間を決めないで、目が醒めたら起きるようにすると、6時ごろには起き出して動き出す。子供たちは規則とか、管理をしなければ、疲れを知らず、好きなように遊ぶ。高価な遊び道具など要らない。まわりにあるものを遊び道具にして遊ぶ。遊びの中で仲間意識が育ち、人を大事にする気持ちが育つ。気持ちは知識と経験を通して身につけるものである。これからも、子供たちに遊ぶ機会を提供して行きたいと思う。そういう意味でも、廃校は(敷屋小学校)は子供の成長を助ける絶好の場であると言える。

2005 7.2   定年を迎える団塊の同年輩へ
 今年も半年終わった。夫婦で無事過ごせたことに感謝。これから新たなスタート。
 最近2007年問題と言う言葉を耳にする機会がある。団塊の世代が定年を迎えることを指しているようだ。詳しくは知らないが、定年したら田舎で第二の人生を過ごしたらいいと、薦めている運動もあるようだ。労働組合も音頭をとっていると聞く。
私も団塊の世代である。私は労働組合のある企業で働いた経験がないから労働組合員になったことはない。他人事ではなく自分の問題として考えてみると、60年生きてきた人間に余計なお世話だと思うし、失礼だと思う。自分の人生だから自分の事は自分で決めたらいいと思う。子供に言うように、定年したら田舎に帰れ、とは何事だ。労働組合の労働貴族が何様だと思っているんだ。そんなに田舎の生活がいいと思うなら、自分たちが先に田舎に帰り、生活をし、そのうえでものを言ったらどうだ。何時の時代でも、世間を知らない、情けを知らない、恥を知らない連中が権力やお金をもち、勝手なことを言う。いまさら年寄りを田舎に集めてどうするのか。お前たちはもう役に立たないから田舎で暮らせと言うのか。廃棄物と年よりは田舎に捨てると言うのか。若者だけを都市に集め働くだけ働かして、働けなくなったら都市から出て行けというのか。その前に言う言葉があるだろう。「長い間ご苦労様でした」と言えないのか。自分の身を削り手にした退職金をもぎ取ろうというのか。もしも、そんな運動に乗せられて田舎にのこのこ来るような人がいたら情けないし、気の毒に思う。自分の意思で、覚悟を決めて田舎にくるならば、それは結構なことだと思う。
 定年を迎える同年輩の人に言えることは、田舎での生活は会社勤めとは違う厳しさがある、ということだ。田舎に対する勝手な妄想を捨て、現実を知った上で決断をした方がいいと思う。甘い言葉に乗せられないように、くれぐれも用心することである。定年過ぎて農業をしようなど、考えないことである。60過ぎから農業を始めても、お金と命を失くすだけである。実家が農家で家も農機具も農地も有るならば話は別である。田舎に住んでいる人の気持ちを代弁すれば、定年後の人生を、のんびり過ごそうなどと、考えて来る人は迷惑である。そんな気持ちで田舎に来たら、人間関係のストレスでお金と命を落とすだろう。その上に周りにも多くの迷惑をかけることになるだろう。惨めな気持ちで最晩年を過ごすことにもなるだろう。本人と家族にとっても、地域の住人にとっても良い事は少ないだろう。もちろん何事にも例外はある。喜ぶのは、人間の能力を労働力としてはかり、経済成長の道具としか見ることの出来ない一部の人だけだろう。人間性を無視した市場原理に惑わされる事の無いように祈る。私も気をつけて草刈りに精を出そう。